「治せない3割の小児がん患者を救うため」学会が登録事業開始
2011年09月01日 17:13
患者数は少ないものの、多種多様な疾患が存在する小児がん。現在は7割以上の患者が生存できる時代となった一方、いまだに小児の病死の第1位となっている。治せない3割の患者を救うため、そしてがんを乗り越えた7割の患者が健やかに人生を全うするために不可欠なのが、小児がん患者の全数把握だ。国内における発生状況の全容をつかむべく、日本小児がん学会は2009年12月に患者情報の登録事業を開始した。同学会理事長の檜山英三氏(広島大学病院小児外科教授)に、小児がん全数把握登録事業の経緯や狙いなどについて聞いた。
実際の発症数は年間2,000~2,500例
2007年度施行のがん対策基本法によってがん登録の推進が進められているが、小児がんは必ずしもがん診療連携拠点病院で診療されていないことから、全数把握は困難だった。それでも日本小児がん学会、日本小児血液学会、日本小児外科学会などが登録を実施しており、厚生労働省の小児慢性特定疾患治療研究事業に年間1,000例程度が報告されている。しかし、檜山氏によると、実際は年間に2,000~2,500例が発症していると推測されるという。
こうした状況を打破し登録を一本化するべく、日本小児がん学会は7年前に事業の準備を開始。用紙を使った試験登録を経て、日本小児血液学会とともに学会公式サイトで登録できるシステムを構築した。施設長の許可で疫学調査として登録可能な範囲での個人識別情報を記載し、インターネット登録を一次登録、既存の登録を二次登録に位置付け、現場の負担を減らすことを目指している。
日本小児がん学会では登録を義務化しているが、同学会以外からの登録も推進しており、既に日本小児血液学会、日本小児外科学会、日本整形外科学会、日本脳神経外科学会、日本眼科学会、日本小児泌尿器科学会、日本耳鼻咽喉科学会、日本病理学会、日本小児放射線学会から協力の承認を得ているという。
今後は、2011年には日本小児血液学会と統合して1つの学会となり、小児がんを取り扱う基幹学会の責を担うほか、小児がん専門医制度を構築して登録を施設認定の条件とすることなどを予定している。
エビデンス示すデータが作成できない
――なぜ登録が一本化されてこなかったのでしょうか。
各々にがんの発症要因の調査、外科治療の有効性の検討、あるいはスクリーニング発見例の検討、臓器に特化した腫瘍の登録などが実施されてきましたが、それぞれ母体が異なり、目的別に行われきたためです。多くの登録が乱立することで、現場では何枚もの登録用紙に同じことを記載させられ、かなり疲弊していました。また、その努力に対して登録結果を十分に現場に返せていないことも問題でした。
――登録事業を始めようとしたきっかけは?
一体どれだけの小児がんの患者さんが発症していて、どこでどういう治療を受け、治療成績がどうなっているのかということが分からないというのが最大の動機です。特に、日本で行われた神経芽腫のマススクリーニング事業においても、こうした登録がなされていなかったために、スクリーニングでどれだけの方が早期発見され、どれだけ死亡率が下がったのかを出すことができず、結果的に欧米のデータを見てやめてしまったという苦い経験があります。実際に、日本の小児がんの治療成績は決して欧米に負けてはいないが、日本からの治療成績のエビデンス(検証結果)を示すデータは出ていません。これは、日本でどれだけの患者が発症しているか分からないため、統計データが作成できないからです。
――なぜ登録事業が重要なのでしょうか。
発生状況をつかみ、予後の推移を把握することはがん治療の根本。これは、成人領域のがんでも同様です。ただ違うのは、大人のがんの発生数は多く、今では一生のうちがんになる人は3人に1人から2人に1人の時代になっています。全数を集めなくてもある地域、あるいは病院を特定してそれなりの数を集めれば、発生状況や治療成績はある程度把握可能です。そういう意味で現在、厚労省では特に多い5大がんに対して、がん診療連携拠点病院を中心に登録と治療成績を検討しています。しかし、小児がんはこうした成人を扱う病院だけではなく小児病院でも多くの子供さんが診療を受け、さらに年間に2,000~2,500例程度ですので、全国での全数とその治療成績を把握することが必要になります。
個人情報保護などを遵守したシステム構築に苦慮
――事業開始に向けてどのような準備をしてきましたか。
小児がんの領域は頭から足までに及び、さらに血液系腫瘍も多いのが特徴です。多くの違った専門領域からの登録が必要ですので、用語の統一、国際比較が可能な形の登録形態を、各領域の専門家のご意見をいただきながら作成してきました。その間毎年、関連学会の連絡協議会も行って脳神経外科、整形外科、眼科、耳鼻科、病理などの学会と協議して準備しました。また、登録フォーマットをできるだけ簡素化し、いつでも登録できるシステムづくりを検討しました。一方で、小児がん患者は専門施設に紹介されることが多く、1人の患者さんが複数の病院で治療を受けることが少なくありません。重複登録をチェックすることが必要なため、そういう意味で個人を特定する手段が必要ですが、現在、個人情報を簡単に院外に出すことは困難であり、こうした個人情報保護あるいは疫学研究の倫理指針などを遵守した登録システムの構築を慎重に検討してきました。
――登録事業を開始する上で苦労した点は何でしょうか。
オンライン登録の構築と運営に関する費用と、先ほど述べたように個人情報保護あるいは疫学研究の倫理指針などを遵守した登録システム構築です。
――オンライン登録にした意図は?
若い人が簡単に登録できること、さらに登録が各病院の記録として残るシステムにすること。さらに、詳細な調査のために一次登録とするためです。(1)がんの発症要因の調査、(2)外科的治療の成績、(3)疾患ごとの治療成績、(4)臨床試験へのデータ供与―などの今まで個別に行われてきた登録に対して、オンライン登録のデータで最初に共通するデータを供与し、各調査は二次登録として患者にインフォームド・コンセント(説明と同意)を得た上で必要事項を追加する形にします。
――既存の登録を改善できた点とできなかった点はありますか。
改善できた点は、オンラインで一次登録とすることで現場の負担を減らせたことです。また、ホームページに集計結果を掲載してデータを閲覧していただき、診療に役立てていただくことが可能になると思います。改善できなかった点は、全数把握として何を指標に全数とするかということです。
今後、死亡票との照合などの全数把握の指標の検討が必要です。登録は研究ではありません。当然、国家レベルでの施策とし、義務的な登録事業として行っていただくことが最良です。今後はそうした方向で働きかけを行い、行政の事業としてうまく運用できる形に移行させていきたいと考えています。
(MT Pro 2010年1月8日 掲載)