メニューを開く 検索

トップ »  疾患・健康ニュース「あなたの健康百科」 »  「口の粘膜でお子さんの才能,調べます」に強い懸念

疾患・健康ニュース「あなたの健康百科」一覧

「口の粘膜でお子さんの才能,調べます」に強い懸念

 2012年03月07日 10:08

 テレビや雑誌などで数年前から「お子さんにどのような才能や能力があるかを調べます」などとうたう遺伝子検査のニュースを目にした人も多いのではないだろうか。口の中の粘膜を採取した綿棒などを郵送するだけで,能力や性格に関する調査結果が気軽に受け取れることから,徐々に認知度が高まっているようだ。日本医学会(会長:高久史麿氏)は3月1日,こうした一般市民を対象とした遺伝子検査の質や内容が保証されていないことに重大な懸念を表明する記者会見を開いた。これまでも関係省庁に同様の働き掛けを行ってきたとのことだが,なかなか議論や法制化に向けた取り組みが進んでいないという。

業界内の自主規制なし

 「遺伝子には生涯変化しない情報が含まれる。こうした性質を利用して,医療の場では単一遺伝子疾患の責任遺伝子を同定する形で患者に役立てられてきた」と日本医学会の分科会の1つ「遺伝子・健康・社会」検討委員会の福嶋義光委員長(信州大学教授)。2011年2月には「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(日本医学会)で,医療の場における遺伝子検査の質や内容を保証する枠組みを制定した。

 しかし,医療の場ではこうした自主規制はあるものの,法的な介入制度は日本になく,一般向けの遺伝子検査では自主規制も法的な規制も存在しないという。単一遺伝子の変異による疾患はむしろまれで,多くは遺伝因子,環境因子の両方が疾患の発症や進展に影響する。同検討委員会の高田史男副委員長(北里大学教授)は「遺伝情報そのものは不変だが,その解釈は徐々に変わる」として,現在行われている一般向けの遺伝子検査は医学的根拠が薄いまま安易に用いられていると指摘。

 一般向けの遺伝子検査では,口の中の粘膜を付着させた綿棒を郵送させるものが多いというが,業界内の自主規制もないため,検体が汚染されていたり,業者側で検体が取り違えられたまま不正確な結果が知らされたりする恐れもあるようだ。

吸い殻や羊水で"親子鑑定"の商品も

 さらに,体毛や歯ブラシ,煙草の吸い殻などのサンプルからDNAを採取して親子鑑定ができることをうたった商品や,妊娠中の羊水採取による親子鑑定も可能なことをにおわせる業者のウェブサイトも存在すると高田氏。こうした事例では,本人の同意なしに検査が行われ,予期しない不利益を被る恐れがあるほか,妊娠女性では羊水採取による流産や人工中絶に至る危険性もあるという。

 一方,実際の医療現場で行われる遺伝カウンセリングでは,遺伝子検査により,たとえある遺伝疾患を発症するリスクが分かったとしても治療の緊急性があるか,発症が成人期なのかといった点を十分配慮した上で本人への告知が行われる。一般向けの遺伝子検査ではこうした規制がないために,「自分はがんになる可能性が高いと言われた」「肥満になるとの検査結果を受け取った。どうしたらよいか」といった市民からの問い合わせも,実際に高田氏らの施設に寄せられているという。

学会から数度働き掛けも...各省庁の動きなし

 福嶋氏らが所属する日本人類遺伝学会は2008年と2010年に「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」を発表。同時にこうした事案に関連があると思われる厚生労働省,経済産業省,文部科学省に一般市民向けの遺伝子検査に対する監視や質の保証をするよう働き掛けてきた。しかし,全く動きはないようだ。

 高田氏は,こうした遺伝子検査が非医療目的で行われていることも多く,「関心が薄い」(厚労省),「民間企業の活動を規制したくない」(経産省),「生命倫理的な部分はあるものの,文部科学行政の範ちゅうではない」(文科省)といった背景があるのではないかとする。

 さらに,これらの遺伝子検査で実際にどのような被害があったのか,実態が見えにくいことも関連する。しかし,どのように検体を採取しているのか,遺伝カウンセリングなどの十分な知識がないまま,結果の開示やその後のフォローアップが行われていないなどの状況が続けば,遺伝子検査全体への信頼性が損なわれかねないと強調した。

 すでに欧州や米国では遺伝子検査に関する規制法の制定や当局による監視,第三者による検証組織が設けられるなどの対策が取られている。しかし,日本では医学会からの再三の働き掛けにもかかわらず,全くそうした機運が高まらないという。

今後は消費者庁へも働き掛け

 日本医学会は、医学界からの提言だけでは限界があるとして,再度以下の提言を行うとともに,今後も継続して政府への働き掛けを行っていく意向を示した。この提言は前出の日本人類遺伝学会による2010年版の見解に準じるが,第5項目の「消費者庁に遺伝子検査の規制・管理の機能を設置」する点が新たに追加されている。その理由として、高田氏は「消費者庁が各省庁単独では網羅できない"すきま事案"を一元的に管理する機能を掲げていること,遺伝子検査が正しく普及すれば効率的な治療,医療費の抑制など消費者に還元できる点も少なくないこと」を挙げている。

 提言

  1. 一般市民を対象とした遺伝子検査においては,その依頼から結果解釈までのプロセスに,学術団体等で遺伝医学あるいは当該疾患の専門家として認定された医師等(臨床遺伝専門医等)が関与すべきである
  2. 不適切な遺伝子検査の実施によって消費者が不利益を受けないように,関係者は,関連する科学者コミュニティと連携を図り,ヒトゲノム・遺伝子解析研究の最新の進行状況についての情報を得るとともに,遺伝子解析の意義,有用性,およびその限界に関する科学的な検証を継続的に行うべきである
  3. 国と医学界は,あらゆる機会を通じて,一般市民,学校教育関係者,マスメディアに対し,ヒトゲノム解析研究の成果や今後急速に市民生活の様々な分野で拡がりを見せるであろう遺伝子検査がもたらす意味について,積極的に教育・啓発活動を行い,遺伝子検査に関する一般市民の理解が促進されるように努力すべきである
  4. 市場が拡大しつつある一般市民に提供される遺伝子検査事業の質的な保証や提供体制について,既に諸外国で行われている規制法の制定,公的機関による継続的な監督システム,専門家を中心とした第三者検証機関の設立,一般市民を巻き込んだ議論の場を設ける等の取り組みが,わが国ではほとんど行われていない状況に鑑み,今後速やかに,国による遺伝子検査を監視・監督する体制の確立を早急に検討すべきであり,その実現を強く求めていくものである
  5. 日本医学会としては,医療分野・事業分野等領域毎に所掌官庁の異なる多領域にまたがる遺伝子検査を統合的に規制・管理する部署を,一案として消費者庁に設置するという選択肢を示すとともに,その下位組織として各省庁に共通基準で分掌管理させるシステムの構築と立法化を早急に整備されるよう求めるものである

(編集部)

ワンクリックアンケート

大阪万博まであと1年

トップ »  疾患・健康ニュース「あなたの健康百科」 »  「口の粘膜でお子さんの才能,調べます」に強い懸念