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風疹流行の中、胎児の感染診断が困難に...いったいなぜ?

 2013年05月14日 18:30

 日本産科婦人科学会(日産婦)と日本産婦人科医会は5月8日、国立感染症研究所(東京都)で行われている胎児の風疹(三日ばしか)感染が疑われる場合の、妊婦の羊水検査について、実施が困難な状況になっていると発表した。風疹流行に伴う感染妊婦の増加で産科施設への相談が増えていることから、産科関係者からは困惑の声も聞かれる。1990年初めに、日本で羊水などによる風疹ウイルスの遺伝子検査を開発、実用化した理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター(東京都)の加藤茂孝氏(元感染研)に、胎児の風疹診断について聞いた。

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「倫理的な問題」で行政検査が差し止め?

 妊娠食期の検査などで胎児の風疹感染が疑われた場合、まず受診している施設から全国16カ所の産科二次施設に相談、二次施設が診断が必要と判断し、妊婦の希望があった場合は感染研で羊水検査が行われてきた。これは、産婦人科医の手引きである診療ガイドライン(指針)でも推奨されていることだ。

 これまで胎児の風疹診断は「行政検査」として取り扱われてきた。行政検査とは、地域で感染症や食中毒が発生した場合、原因究明や蔓延防止を目的に保健所や衛生研究所が行う検査のこと。胎児の風疹診断は、羊水など胎児に由来した組織を使う特殊な遺伝子検査で、地方の衛生当局では実施できない。そのため、これまでは産科施設から地方衛生当局を介して感染研に検査依頼されてきた。

 ところが今回の通達では、妊婦が受診している一次施設に対して「現在、感染研での検査実施が困難」であり、「羊水検査が必要」と判断された場合、二次施設に連絡・相談を行うよう求めている。

 加藤氏が関係者に確認した話では、「感染研での検査が困難」な状況は、地域によっては、現在この行政検査の手続きが「倫理的な問題」から止められていることによって起きているようだ。

人工流産は先天性風疹症候群出生の100倍

 「倫理的な問題」とは何か。日本では過去の風疹流行期に、風疹感染による子供の先天障害(先天性風疹症候群)リスクへの懸念から、人工妊娠中絶(人工流産)が増加した。今回の流行でも、妊娠初期に行われる風疹抗体検査の結果などから、さらに行政が遺伝子検査の仲介を行うことで人工流産の増加を危惧する意見があるのかもしれない、と加藤氏は推測する。

 しかし、同氏の考えは異なる。人工流産の増加の理由は「現在まで風疹流行期には、妊婦の顕性感染(感染して症状が出ること)や周囲の風疹患者と接触したことがないにもかかわらず、妊娠初期の検査の値が高いという理由だけで、不顕性感染(感染しているものの症状が出ないこと)による胎児への感染を恐れて人工流産に至るケースが増えていた」ことにあったとの見方を示した。

 同氏が過去に行った調査では、風疹流行期には風疹によるとみられる自然流産が増加するだけでなく、その数を上回る人工流産の増加が見られることが明らかになっている。調査対象期間(1973~98年)の25年間で約2万5,000件と推計され、同時期に出生した先天性風疹症候群児419人の60倍に上っている。同氏は「これまで十分な診断なしに、実際の先天性風疹症候群児出生の10~100倍の人工流産がひそかに行われてきたことはあまり知られていない」と警鐘を鳴らす。

「遺伝子検査でむしろ人工流産を回避できれば」

 風疹感染に対する漠然とした不安による人工流産を少しでも減らし、母児や産科医の負担を減らしたい―そんな思いから、加藤氏は1990年頃、羊水などの胎児に由来する組織を使った胎児の風疹ウイルス遺伝子検査を開発。91年から02年まで408例の胎児の風疹感染診断を行った。この当時、胎児の風疹感染診断は行政検査ではなく、研究事業として行われていた。

 「最初の10例ほどは、感染していない(陰性)と診断した胎児が先天性風疹症候群児だった場合、法廷に立たされるかもしれないという懸念もあったが、風疹ウイルスの研究者として風疹による人工流産を減らしたいという思いで研究を続けた」と、加藤氏は当時の気持ちを語る。検査の実施に当たり「患者の費用負担はなし」「検査前から出産後の母児の全てのデータを共有させてもらうこと」「障害の診断ではなく、感染の有無の診断であることを事前に説明」を徹底し、医師・患者との信頼関係構築に努めた。

 408例の研究結果から、遺伝子検査の信頼性は極めて高いことが分かった。また、妊婦が顕性感染だった場合の胎児の感染率は約30%、先天性風疹症候群が見られたのは感染胎児のさらに約30%との結果が得られた。

 「遺伝子検査でむしろ人工流産を回避できれば」と、胎児診断の意義を説明する加藤氏。「先天性風疹症候群も医学の進歩により、改善が見込めるようになった症状もある。その後、社会で活躍している人も少なくない」とも述べた。とはいえ、「風疹と先天性風疹症候群はワクチンで防げる。先天性風疹症候群をゼロにするには、ワクチンによる風疹の排除・根絶しか道はない」と、予防接種対策の徹底が最も重要と強調する。

 日産婦などの通達では、胎児の風疹診断が将来再開可能かどうかは「現在関係部署で協議中」と記されている。同氏は、検査再開の一つの方法として「研究として行うという選択肢もあるかもしれない」との考えを示した。

(編集部)

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