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A・ジョリーの遺伝子検査と予防的乳房切除は受けるべきか

 2013年07月12日 10:30

 〈4月27日、私は乳房切除を含む3カ月にわたる医学的処置を終えました〉―。米女優アンジェリーナ・ジョリーさんは、5月14日付の米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿でこう告白した。遺伝子検査から乳がんが発症しやすく治療しにくい遺伝子変異を持っていることが分かり、発症していないのに両乳房を切除したという決断は、全世界に賛否を呼んでいる。ジョリーさんが受けた遺伝子検査と予防的乳房切除(リスク低減手術)は、ハリウッド女優のように強く金銭的に恵まれている人でなくても受けるべきなのか。日本の第一人者である昭和大学医学部(東京都)乳腺外科の中村清吾教授(同大学病院ブレストセンター長)に聞いた。

治りにくい乳がんになりやすい

 ジョリーさんは、母親(米女優のミシェリーヌ・ベルトランさん)が卵巣がんのため10年間の闘病生活を経て56歳で他界。さらに最近、母方の叔母も乳がんのため61歳で亡くなっている。がんが発生した部位は違うが、二人に共通するのは「BRCA1」という遺伝子の変異を持っていること。遺伝子検査の結果、少なくとも二人の家族歴があるジョリーさんも同じ変異を持っていることが分かった。

 欧米では、他の部位から転移したものでない乳がんのうち5~10%が遺伝性で、その7~8割がBRCA1もしくはBRCA2の変異を持つといわれている。中村教授らの調査によると、家族歴などがある日本人のうち30.3%が遺伝子変異を持っており、そのうち半数以上(56.8%)にBRCA1の変異が認められたという。

 ジョリーさんも持っていたBRCA1変異は、二つの女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の受容体とHER2というタンパク質の受容体が関係しない、「トリプルネガティブ」と呼ばれるタイプのがんになりやすいことが分かっている。つまり、薬が効きにくく経過が悪いタイプのがんになる可能性が高いのだ。また、通常の乳がんは40歳代後半~50歳代にかけてなだらかな発症年齢のピークがあるのに対し、BRCA1変異を持つ人では25歳ぐらいから始まって40歳前後がピークと若い。さらに、卵巣がんのほか膵臓(すいぞう)がん、前立腺がん、胃がんなども発症しやすい。

 ジョリーさんは寄稿で「担当医から乳がんになるリスクが87%、卵巣がんになるリスクは50%と推定されました」とつづっていたが、中村教授は「乳がんは50歳までに発症するリスクが33~50%、70歳までだと56~87%。卵巣がんは70歳までに発症するリスクが27~44%とされています」と説明する。

遺伝子検査は理解を深めてから

 ジョリーさんが乳がんを発症していないのに乳房を切除したのは、上記のように他の人よりも若い年齢で治療が難しい乳がんや卵巣がんになりやすいことが分かったためだ。さらに今後、卵巣の予防的切除(卵巣卵管切除)も行う予定だという。

 しかし、遺伝子検査によって自分のリスクが分かるのは怖いことであり、病気になっていないのに自分の体へ、しかも女性にとって大切な部分にメスを入れることは、多くの人にとって抵抗があるだろう。また、遺伝子検査で20~30万円、乳房切除と再建の手術で100万~200万円と費用がかかる点も障壁だ。やはり、ジョリーさんのように意志が強く、金銭的に恵まれている人でないとできない選択なのか。

 しかし、中村教授はこう話す。「すぐに検査を受けて結果が出る、というものではありません。まず、遺伝カウンセリングで遺伝子検査のメリットやデメリットなどさまざまな説明を受け、病気そのものや早期発見の意義を十分に理解をしてもらった上で、希望した人だけが実際に遺伝子検査を受けます」。専門のカウンセラーと話し、心の準備をした上で検査を受けるかどうか自分で判断できるのだという。遺伝カウンセリングとBRCA遺伝子検査を行っている施設は、7月現在で昭和大学病院ブレストセンターをはじめ36施設に上る(日本HBOCコンソーシアム公式サイトより)。

乳房切除だけが選択肢ではない

 予防的乳房切除を行っている施設は聖路加国際病院(東京都)のほか、相良病院(鹿児島県)も間もなく実施する予定。また、昭和大学病院ブレストセンターをはじめ、数施設が実施を検討しているという。

 また、予防的乳房切除だけが選択肢というわけではない。乳房切除は母乳を作る乳腺を取ってしまうため、子供が生まれたときに授乳ができなくなる。中村教授は「ジョリーさんが予防的乳房切除を選択したのは、事実上の夫であるブラッド・ピットさんの理解もさることながら、養子を含め子供が数人いて、今後は出産しない、授乳をしないと判断したことが大きいでしょう」とする。

 では、予防的乳房切除以外にどんな予防方法があるのか。中村教授は25歳までなら自己触診(自分で乳房を触ってしこりを発見する方法)、25歳以上はレントゲンによるマンモグラフィーとMRI(磁気共鳴画像装置)を半年に一回受けることを勧めている。こまめに検診を受けることで超早期にがんを発見するという方法だ。

卵巣切除の方がより重要

 一方、中村教授が懸念するのは卵巣がんの方。「BRCA変異を持っている人の卵巣がん発症率は乳がんよりも低いのですが、卵巣がんは早期発見が難しく、再発や転移を繰り返す例が多いのです。予防的切除をするならば、卵巣の方が重要と言えるでしょう」。ジョリーさんが卵巣も切除しようとしているのは、こうした背景があるためだ。

 なお、予防的卵巣切除は昭和大学病院ブレストセンターのほか、がん研有明病院(東京都)、慶応大学病院(東京都)などが実施している。

 最後に、中村教授は「ジョリーさんの件で非常に注目されている遺伝子検査と乳房・卵巣の予防的切除ですが、彼女の選択だけでなく、決断に至った過程が非常に大事です。本人ががんのリスクと向き合い、家族とともにより良い方法を選んでいく。遺伝子検査も予防的切除も、選択肢の一つとして捉えてください」と助言。ジョリーさんも下記の言葉で寄稿を締めくくっている。

 〈がんのリスクにさらされながら生きている可能性がある。そのことを多くの女性が知らずにいるので、私は自分の話を公表することにしました。遺伝子検査が受けられること、そしてリスクが高い場合には有力な選択肢があることを知ってもらえるよう願っています。人生にはさまざまな苦難を伴います。しかし、受け入れて支配できる苦難を恐れる必要はないでしょう

(小島 領平)

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