アリストテレスは正しかった? 幸せの種類で体への影響が変化
2013年08月09日 18:30
幸せには2種類あるといわれている。1つは、向上心や目的意識を持って生きている自分に生きがいを感じているときの幸せ(eudaimonic well-being=生きがい追求型の幸福)、もう1つは、好きなことをして欲求を満足させているときに感じる幸せ(hedonic well-being=快楽追求型の幸福)。どちらも幸せには違いないのだが、本人も意識しないその差を体は厳密に区別しているようだ。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と米ノースカロライナ大学の共同研究グループは、どちらの幸せを感じているかによって活性化される遺伝子群に明確な違いがあることを、7月29日発行の米科学誌「PNAS」(電子版)に報告した。古代ギリシャの哲学者アリストテレスが説いた「最高善こそが幸福(eudaimonia)」を実証するような内容になっている。
どちらのタイプもうつ傾向は低い
今回の論文を報告したUCLA医学部のSteven Cole氏は、これまでの研究でストレスに関連する「CTRA遺伝子群」を見つけ出した。同氏は、この遺伝子群がストレスを受けると発現が増える炎症関連の遺伝子群と、発現が減る抗ウイルス・免疫反応関連の遺伝子群から成ることを突き止めている。
今回は、その真逆とも言える、幸せを感じたときに発現が変化する遺伝子群を明らかにしようとしたのだ。
Cole氏らは、健康な大人80人を対象に、感じている幸せのタイプを推定するための質問と、うつ傾向を調べるテストを行った。その結果、「快楽追求型」の幸福をより高く感じている人の方が多く、「生きがい追求型」の幸福度が「快楽追求型」の幸福度を上回っていた人は22%にとどまった。ただし、「生きがい追求型」の幸福度が高い人は「快楽追求型」の幸福度も高かったという。
また、どちらのタイプも幸福度の高い人ほどうつ傾向が低かった。つまり、幸せを感じているという点で両者に差はなかったことになる。
「快楽追求型」はストレスと同じ?
ところが、被験者から採取した血液中のCTRA遺伝子を年齢、人種、飲酒、喫煙歴などの影響を除外して調べたところ、「快楽追求型」の幸福度がより高い人ではストレスを感じたときと同じ傾向を示したのに対し、「生きがい追求型」の幸福度がより高い人では逆の傾向を示した。
このほか、ストレスや「快楽追求型」で発現が上昇して「生きがい追求型」で低下している炎症関連のCTRA遺伝子群は主に単球と樹状細胞から発現し、前者で低下して後者で上昇している免疫関連のCTRA遺伝子は主にB細胞から発現していた。つまり、幸福のタイプによって発現量に差があったCTRA遺伝子群は、ストレスを受けた場合と同じ細胞から発現していることが分かったのだ。
大好きな人のためにケーキを作るのも、大好きなケーキをおなかいっぱい食べるのも、本人にとってはどちらも幸せなことに違いはないのだが、後者の幸せに対して、身体はストレスを感じているときと同じ反応を示すというわけだ。アリストテレスの説く「最高善こそが幸福(eudaimonia)である」という教えは、どうやら正しかったようだ。
(サイエンスライター・神無 久)