ワクチンよりも自然に感染した方が強い免疫が付く?
2015年03月19日 10:30
〈編集部から〉
十分な治療法がなく、死亡や重い障害を残す感染症は少なくありません。これまで人類とウイルス、細菌との闘いが繰り広げられてきた中で、最も強力な武器の一つといわれるのがワクチンです。「ワクチンは飲み水の浄化に次いで、多くの子どもの病気を防ぎ、命を救ってきた"医薬品界のスーパースター"」と話すのは、小児感染症の専門家、長崎大学小児科の森内浩幸教授。しかし、普段の診療において、子どもに付き添うママやパパ、おじいちゃん、おばあちゃんたちのワクチンに対する不安や誤解は根強いと感じることも少なくないようです。このシリーズでは普段、医師にはなかなか聞きにくいワクチンに関する5つの疑問を、6回にわたって解説してもらいます。森内教授は「正しい知識を持って、子どもを守るワクチンを上手に利用してほしい」と呼びかけています。第5回は「ワクチンよりも自然に感染した方が強い免疫が付く?」。
自然感染は健康な人にも危険
今回のタイトル「ワクチンよりも自然に感染した方が強い免疫が付く?」―これまでお話ししてきたワクチンにまつわる疑問のうち、これは初めて「誤解ではなく、正解です!」と言いたいところですが、残念ながらそれは「昔の常識」です。
また、自然感染は「健康な人にとっても危険」という見過ごせない短所もあります。はしか(麻疹)にかかれば、医療制度の整った日本でも500~1,000人に1人の子どもが死亡します。水ぼうそう(水痘)は子どもの場合、軽く済むことが多いですが、大人がかかれば入院を必要とするほど重症化したり、がんなどの治療中の人にとっては命取りになったりします。
1回の感染、あるいは1度のワクチン接種で体の中にできる抗体は、量が少なくて質が低い。しかも、その抗体は時間とともに減ります。そこに2回目の感染やワクチン接種があると、1回目に比べ直ちに効率よく高品質の抗体が大量に作られます。これは、私たちの体に備わっている「免疫記憶」と呼ばれる仕組みによるものです。
感染しても抗体が作られにくい肺炎球菌
しかし、肺炎球菌のように大人が自然感染しても、ワクチンを打ってもすぐに抗体が消えてしまう病原体もあります。免疫機能が未発達の幼い子どもに至っては、自然感染しても抗体を作ることができないのです。
肺炎球菌は子どもや高齢者に髄膜炎や敗血症、肺炎といった死亡率が高く、運良く治っても重い後遺症をもたらす感染症を起こします。また、私たちの免疫記憶からうまく逃れる仕組みを持つほか、抗菌薬(抗生物質)が多く使われてきたために耐性化が進み、十分な治療効果が期待できる薬が限られている、人間にとっては困った細菌です。
ワクチンで自然感染よりも強い免疫記憶が可能に
そのため、世界で肺炎球菌感染症に対するワクチンの開発が進められ、日本では1998年から23種の肺炎球菌による感染症を予防可能な多糖体ワクチン(商品名・ニューモバックスNP)が導入されました。ただ、このワクチンでは肺炎球菌による重症感染症のリスクが最も高い子どもの抗体を上昇させることができません。
その後さらに、子どもにも肺炎球菌に対する強い免疫を付けることができる新しい7種の肺炎球菌に対する結合型ワクチン(商品名・プレベナー7)が登場し、日本では2009年から子どもへの定期接種が開始されました(2013年からは13種の肺炎球菌に対する結合型ワクチン「プレベナー13」に切り替え)。このワクチンを接種することにより、自然感染ですら抗体を作ることができなかった肺炎球菌に対し、より強い免疫記憶を持たせることが可能になったのです。
日本より早く「プレベナー7」を子どもに接種し始めた米国では、導入から数年でワクチンがカバーできる7種の肺炎球菌による子どもの重症感染症の罹患率が95~100%減少しました。さらに驚いたことに、同ワクチン接種の開始により、当時は接種対象者ではなかった高齢者の肺炎球菌感染症も65%減少したのです。これは、以前お話ししたインフルエンザワクチンによる集団免疫効果と同じ現象です(関連記事:ワクチンなんかちっとも効かない!?)。
つまり、こうした新しいタイプのワクチンの登場により「自然感染が一番強い免疫が付く」というのは「昔の常識」で、「ワクチンで自然感染よりも強固な免疫を付けることも可能になった」と言えるのです。
(まとめ/坂口 恵)
森内浩幸(もりうち ひろゆき)
1984年、長崎大学医学部卒業。国立仙台病院臨床研究部レジデント、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)研究員、米国立衛生研究所(NIH)臨床スタッフなどを経て、1999年から長崎大学医学部小児科学主任教授。厚生労働省の予防接種・ウイルス感染対策関連の委員なども歴任し、子どもや女性の感染症対策に力を入れている。