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仕事の厳しさやつらさも教える独自の支援...ひだクリニック

 2015年09月15日 17:00

 近年、うつ病など精神疾患の患者数は増加している。中でも、かつて「精神分裂病」と呼ばれていた統合失調症は、100~120人に1人がかかるといわれる発症頻度の高い病気だ。就労経験のない若者が発症することが比較的多いため、治療だけでなく、就労支援にどう取り組むかが課題の一つになっている。こうした中、2005年の開院以来、独自の就労支援を行ってきた「ひだクリニック」(千葉県流山市)では、統合失調症患者の高い就職率を実現させている。特徴は、仕事の楽しさだけでなく、厳しさやつらさも教える点にあるという。同クリニックの肥田裕久院長に、統合失調症の治療と就労支援の現状や課題を聞いた。

100以上のプログラムから患者が自ら選択

 妄想や幻覚などを典型症状とする統合失調症は現在、国内で約80万人の患者がいるとされる。男女差はないが、男性は10歳代、女性は20歳代で発症することが多い。肥田院長は「若いうちに発症するため、アルバイトを含めて就労の経験がない患者が多く、いわゆるうつ病などの復職支援プログラム(リワーク)とは違った支援が必要」と語る。

 そこでひだクリニックでは、デイケアなどの独自の精神的リハビリテーションプログラムを展開。その数は現在、「SST(生活技能訓練)/認知行動療法系」「ミーティング系」「イベント系」など100以上に上る。患者は、これらのプログラムの中から自分に合ったものを自由に選択できるのだ。肥田院長は「統合失調症患者は能動的に選択することが苦手なため、主体性を養う意味で患者が自ら選べるようにしている」と説明する。

"へこませない"のではなく、"へこんだらケアする"

 例えば、同クリニックの地下1階にあるデイケア「オフィス・rana」は、無断遅刻・欠勤などは厳禁で、午前9時~午後5時の週4日勤務と実社会並みだ。各自がパソコンを使用するが、「単にパソコンの操作法を学ばせるだけでなく、上司や部下などの役割を決め、仕事を依頼する一方、時には自分でできないことを断らせたりもする」と肥田院長は話す。「断われない」ことがこの病気の特徴の一つであり、そうした"弱点"を克服させるのも狙いだ。一般に、こうした就労支援プログラムは静かな環境で行われるが、オフィス・ranaでは騒がしい環境を意図的に作り出す。実社会で通用するための"耐性"を身につけさせるためという。

 肥田院長は「プログラムに参加する患者は、部屋に出入りする他の患者に見られることで誇らしさを感じる一方、他の患者たちは自分もいつかあのデスクで作業をしたいという憧れを抱くという相乗効果が生まれる」と胸を張る。また、商品作りと販売を手がけるプログラムでは、「作るのは"作品"ではなく"商品"」をモットーに、精神障害者を売りにはせず、労働の対価として賃金を得ることの意味を患者に意識させるようにしている。

 このように、類を見ないひだクリニック独自の就労支援には、批判もあるようだ。だが、肥田院長はイタリアのある寓話(ぐうわ)を引き合いにこう反論する。「暗いところで落とした鍵を捜すのに、明るい街灯の下にいても見つかるわけがない。一般的な就労支援は、"鍵がないのに明るい街灯の下"で捜させるようなもの。患者が精神的に落ち込まないように落ち込まないようにと、そればかりを気にしている。しかし、鍵は"暗いところ"で落としたのだから、そこで捜させるべき。へこませないように過保護になるのではなく、"へこんだらケアをする"というのが医療の役割ではないか」

 働くことの「いろは」をたたき込まれた患者たちは、就職率だけでなく、12カ月後の職場定着率が66%と非常に高い(図1)。その理由を、肥田院長は「徹底した情報公開と医療のフォローを行っているから」と分析する。一般的な就労支援施設は、一度就労させてしまうとその後のフォローに消極的になるが、「何かあったら"返品可能"というスタンスで最後まで面倒を見る」のが"ひだクリニック流"なのだ。それゆえ、就労先の企業との信頼関係も強い。10年にわたるこうした取り組みのかいがあり、2015年9月にはハローワークと提携した新たなモデル事業が開始した。

精神科の医療施設は地域社会の貴重な"資源"

 就労や自立の支援を行う上で、地域との連携を積極的に図るのも、ひだクリニックの大きな特徴と言える。「ただの"患者"としてクリニックに来るだけでなく、例えばコンビニエンスストアで何かを買えば、それはこの地域にとって"客"になる」と、患者を地域の"資源"としても捉える肥田院長。日頃から、デイケア参加者の昼食は地元のファミリーレストランを利用する。「患者を地域社会から隔離するのではなく、積極的に接点を持たせることで、精神科の医療施設があること自体が地域経済の活性化にもつながるような、(双方がうまくいく)"ウインウイン"の関係を作りたい」(肥田院長)。

 加えて、ひだクリニックでは、就労支援を行う「株式会社MARS(Medical And Recovery Service)」を2009年に設立。就労支援施設の運営や、患者が従業員として働くお好み焼き店の経営など、多岐にわたる事業を展開する。お好み焼き店では、福祉的な色合いを前面には出さず、メニューに工夫を凝らしたり、接客やサービスに気を配ったりして、あくまでビジネスとして勝負しており、今や地域の人気店にまで成長した。

 就労が実現し、長く働けるとなれば、次に取り組むべきは経済的な自立だ。"当たり前に生きてみよう"を最終的な目標に掲げているひだクリニックでは、患者に一人暮らしを推奨している。それも、集合住宅なら一般の人たちと同じ建物に、である。今では、地域の不動産業者から「空きが出たので入居希望者はいませんか」と問い合わせがくるほどの"お得意様"になったという。「不動産屋にしてみれば、人口が少ない地域では空き部屋はできるだけ埋めたいもの。だから精神疾患患者は決して地域の"お荷物"ではなく"資源"」と肥田院長は主張する。

恋愛も自由、結婚・出産する患者も

 こうした就労や自立に向けた独自かつ充実した支援プログラムも、「治療の基本である薬物療法と精神療法の両輪があってこそ」(肥田院長)。しかし、精神疾患の薬物療法では、「いつの間にか服用する薬の種類が増えていく"バウムクーヘン処方"や、症状の悪化に応じて薬の用量を増やす"もぐらたたき処方"、転院を重ねることでいつしか薬が増える"地層処方"など、たくさんの種類の薬を服用するケースが目立ち、それが治療を困難にしている」という。「併用する薬の種類を減らし、可能ならば1種類のみを目指していくことが重要で、そのためには持効性注射剤は必須と言える」と続ける。

 現在、世界的に使われている持効性注射剤は1回で2~4週間効果が持続する。ひだクリニックでは、実際に持効性注射剤を使用している患者からも「毎日薬を飲む手間が省ける」「生活が楽になる」と評価は高く、こうした患者の方が使用していない患者よりも就職率が高い傾向にあるという(図2)。

 患者が自身の服用する薬について、その名前や効果・効能、副作用などを知らないケースは多いが、ひだクリニックでは薬に関する情報公開に加え、患者が学ぶ場も設けている。株式会社MARSからは、同じ薬を使う患者の声を集めた書籍を出版するなど、患者たちは自分の体に入る薬について勉強熱心のようだ。

 精神科診療の従来の"常識"を覆す試みを、当然のことのように次々と実行してきたひだクリニック。恋愛や結婚も自由で、ここで知り合ったカップルも多いという。「統合失調症患者同士から生まれる子供は、親と同じ病気を発症する確率が50%ということも伝えていますが、『私たちはこの病気のプロフェッショナルだから、わが子に何かあっても大丈夫』という言葉が患者たちから返ってきます」と肥田院長は目を細める。

 10年前の開院時、地域からは精神科クリニックができることに不安視する声も上がっていたという。しかし今、「『この街にひだクリニックがあってよかった』と言われるようになった」と、肥田院長は手応えを感じているようだ。

(文・写真/土屋季之)

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