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北斗晶さんのエールも話題...「母乳信仰」のデメリット検証

 2015年10月21日 06:00

 今年7月9日、元プロレスラーでタレントの北斗晶さんが、自身のブログで母乳が出ないことで悩む母親へ向け、エールを送る記事を投稿し話題となった。「出ないもんは出ないんだよ」「悩んでるお母さん達!! 大丈夫だ」と、粉ミルクによる子育てでも立派に2児を育て上げた自身の例を挙げて応援するその記事は、いわゆる「母乳信仰」に警鐘を鳴らす内容となっていた。子育ては母乳に限る、粉ミルクは栄養が偏る...今も根強いこの母乳信仰は、手放しで受け入れてよいものなのだろうか。母乳育児のデメリットについて検証した。

ネット購入の偽母乳が問題に

 北斗さんが母乳の出ないお母さんへ向けてエールを送った発端は、今年7月8日付の毎日新聞電子版に掲載された記事「母乳と育児」がきっかけ。毎日新聞は、この記事のほかに「ネットで偽の母乳を販売」という事例も報じていた。この記事は「母と乳」というタイトルで翌9日付の東京朝刊から連載され、現在も電子版※こちらのリンクはただいま無効中です。で閲覧できる。

 ネットで販売される母乳の危険性を報告したのは、英ロンドン大学クイーンメアリー校バーツロンドン医科歯科大学院のサラ・スティール氏ら(英医学誌「BMJ」2015; 350: h1485)。他の母親の母乳を採取し冷凍して届けられるというもので、特に欧米で盛んだ。

 母乳提供者の検査や保管、運送管理に規定がある「母乳バンク」のものであれば安全だが、検査や安全管理に手を抜くことで、母乳バンクのものよりも安価に冷凍母乳を販売する業者が問題視されている。悪質な業者になると、母乳を水で薄める、粉ミルクを混ぜ合わせる、ウイルスに汚染されていても構わず届ける、といったトラブルが発生しているという(関連記事:広がる母乳ネット販売に「待った」、研究者ら規制呼びかけ※こちらのリンクはただいま無効中です。)。

WHOなどの推奨は発展途上国向け

 他人の母乳を購入してまで、粉ミルクに頼らない完全母乳育児にこだわる「母乳信仰」が根強いのはなぜなのか。その理由の一つとして、ユニセフ(国連児童基金)とWHO(世界保健機関)が完全母乳を推奨していることが挙げられる。国際的な保健機関であるWHOによる推奨は、科学的にも信ぴょう性の高いものだ。

 その一方で、ユニセフとWHOが完全母乳育児を推奨する「理由」は、安全で栄養価も高い粉ミルク、そして安全な水を安定供給できない発展途上国へのメッセージでもあり、そういった国に対するガイドライン(指針)という側面もある。逆説的に、安全で栄養面でも問題ない粉ミルクが比較的安価に入手できる日本や先進国であれば、完全母乳育児にこだわる理由も薄くなるのかもしれない。ただし、こうした国でも災害などで安全な水が安定供給されなくなる可能性があることは、常に念頭に置いておいた方がいいだろう。

 もう一点、出産を終え最初の1週間程度に出る母乳を「初乳」と呼ぶが、この初乳には、赤ちゃんを病原性微生物から守るIgA抗体、豊富なタンパク質やコレステロール、各種ビタミンなど、通常の母乳にはない豊富な栄養素が含まれている。この初乳を飲ませることが大切だ、という点が「粉ミルクではなく母乳で」という考えにつながっている。

 ただし、初乳は出産前に乳房に蓄えた栄養素などを含んでおり、授乳し続ければすぐに出なくなる。それ以降は飲ませ続けることはできないし、初乳を飲ませることで得られるのは「病気にかかりにくくなる」程度。生まれて間もない赤ちゃんが、出産直後に病気にかかるリスクを減らす効果があるだけで、飲ませなければ著しく病弱になるというわけではないとされている。

完全母乳育児でくる病や低カルシウム血症に?

 北斗さんがブログにつづったように、母乳の出る量は個人差が大きく、または母乳を与えることで乳首に痛みを感じたり、母体の健康を損なったりするケースもある。そこで粉ミルクに頼ることになるが、完全母乳育児の「幻想」のせいで周囲から批判され、また自身でも気を病んでしまうこともある。

 一方で、粉ミルクを使うことのメリットも多い。栄養面では、まず母乳と遜色がない高い栄養素を含む粉ミルクが多く流通している。また、メーカーによって栄養素の内容量も違うので、乳児の健康状態や成長過程に合わせ医師と相談の上で「どの栄養素が多いものを与えるか」を選択することもできる。

 さらに、完全母乳育児で育てられた赤ちゃんが「くる病」「低カルシウム血症」「ビタミンD欠乏症」にかかる例が増えているが、これは母乳にはビタミンDがあまり含まれていないためといわれている。粉ミルクならばビタミンDを含んでいるものが多くあり、くる病などの予防に有効だろう。東京大学病院小児科の北中幸子准教授によると、「ビタミンD欠乏症を発症する子供の大半は母乳栄養児」という。

 余談だが、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故の影響で、震災後に乳幼児をなるべく外へ出さないようにしたところ、くる病などを発症するケースが増えたという。日光浴もビタミンDを増やす効果があるため、夏でも十数分、冬なら1時間程度の日光浴が推奨されている。

粉ミルクがお母さんのストレスも減らす

 栄養面以外でも、粉ミルク使用のメリットは多い。完全母乳育児の場合、母乳を与えるのは必然的にお母さんだけとなるが、この場合は育児がお母さん一人に完全に依存してしまう。四六時中赤ちゃんのそばに付きっきりで、夜も満足に眠れず、結果として育児疲れから倒れてしまうケースは少なくない。粉ミルクを使えば、お父さんや家族の手助けを得ながらの育児が可能となる。

 デメリットとしては、当然のことながら粉ミルクを購入する費用がかかること。また、赤ちゃんがおなかをすかせて泣きだしたとき、母乳ならすぐに与えられるが、粉ミルクの場合は作る手間と時間がかかる。外出時にも粉ミルク、お湯、哺乳瓶など荷物が増えてしまう。

 また、低品質なものを与えれば、健康面でも問題が起きる可能性はある。例えば隣国・中国では、国内で製造されている粉ミルクの質が悪いため、日本製の粉ミルクに人気が集中しているという。一時期、中国の観光客が日本製の粉ミルクと紙おむつを大量購入していく光景が話題となったが、WHOが母乳育児を推奨する理由もここにある。

 恐らく、粉ミルク育児の最大のデメリットは「母乳で育てなければ母親失格」といった、母乳信仰から来る精神的な疲労やストレスだ。しかし、前述のように母乳だけでは足りない栄養素もあり、栄養面でもほとんどの日本製の粉ミルクに問題はない。何より「粉ミルクだけで育てた子供は、今では私より大きくなった」という北斗さんのエールは、粉ミルクに頼らざるを得ないお母さんにとって、大きな救いとなったことだろう。

(佐藤圭亮)

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