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パンチドランカーの早期診断が可能に?

 2019年09月05日 06:00

 交通事故や転倒・転落により頭に外傷を負ったり、ボクシングなどのスポーツで頭部に繰り返し衝撃が加えられた結果、数年~数十年後に進行性の神経変性疾患が現れる遅発性脳障害。一般的に、ボクサーで現れる"パンチドランカー"として知られている。慶應義塾大学と量子科学技術研究開発機構(量研)などの共同研究グループは、この症状の原因と考えられる物質の可視化に成功。症状の発現および重症度は、脳内のタウ蛋白蓄積量と関連していることを明らかにしたと医学誌 Brain2019年9月2日オンライン版)に報告した。

世界的に頭部外傷が増加

 近年、世界的に頭部外傷の発生件数が増加しており、2014年の米国における年間発生件数は280万件と報告されている。日本での正確な発生件数は不明だが、約30万件と推定されている。

 頭部外傷は、主に交通事故や転倒・転落によって引き起こされ24時間以上の意識消失を伴う「重度頭部外傷」と、ボクシング、アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツ(選手同士が接触する頻度が高い競技)によって引き起こされ意識消失はあっても短時間にとどまる「軽度頭部外傷(脳震盪)」に分けられる。

 頭に強い衝撃を受けると、意識障害や高次脳機能障害をはじめ、さまざまな症状が発現する。中でも、最近問題となっているのが、受傷後長期間経過してから症状が現れる遅発性脳障害だ。頭部外傷に伴う代表的な遅発性脳障害として、ボクサーに出現するボクサー脳症がある。パンチドランカーともいわれ、ボクサーに限定して発現すると考えられていたが、アメフトやアイスホッケーといったコンタクトスポーツの選手、爆風にさらされた退役軍人など幅広い集団で生じることが明らかになり、最近では慢性外傷性脳症(CTE)と呼ばれている

生体脳のタウ蛋白の可視化を実現

 遅発性脳障害では進行性の認知機能障害や人格変化などの精神症状が出現し、患者に深刻な問題をもたらすが、確実な診断法がなく早期治療も困難であった。

 米国では、引退後に認知機能低下や精神症状が現れたナショナルフットボールリーグ(NFL)の選手について、死亡後に脳を解剖したところ大量のタウ蛋白が蓄積していることが発見され社会問題となった。その後、元NFL選手を対象に陽電子放射断層撮影(PET)検査によるタウ蛋白蓄積の可視化が検討され、遅発性脳障害の診断の一助となることが報告された。しかし、アメフト選手以外でも、PETによる遅発性脳障害の診断が可能かどうかは明らかでなかった。

 そこで研究グループは今回、ボクシングだけでなくレスリングや格闘技などのコンタクトスポーツ経験者、交通事故や転落による重度頭部外傷の経験者の協力を得て、PET検査を実施。脳内のタウ蛋白蓄積量と遅発性脳障害との関連を検討した。

脳内のタウ蛋白蓄積量が多いほど精神症状は重度に

 解析対象は、頭部外傷グループ27例と同年代の健常グループ15例。頭部外傷グループの受傷後の経過期間は平均21年、診断基準による評価で遅発性脳障害と診断されたのは14例だった。全例に量研が新たに開発した生きた人間の脳でタウ蛋白を可視化するイメージング剤(特定の組織や物質と結合して可視化する薬剤)11C-PBB3を用いたPET検査を行い、タウ蛋白の蓄積量を測定した。その結果、頭部外傷グループでは脳内にタウ蛋白の蓄積が認められた。

 次に、頭部外傷グループを遅発性脳障害の症状の有無で分けて比較したところ、症状がない人に比べ症状がある人では、より多量のタウ蛋白蓄積が認められた。この結果は、以前に報告された研究のデータと一致していたという。

 さらに、タウ蛋白の蓄積と臨床症状との関連を検討した。すると、タウ蛋白蓄積量が多いほど、幻覚や妄想などの精神症状が重くなる傾向が見られた。

 これらを踏まえ、研究グループは「今回、脳内のタウ蛋白蓄積が遅発性脳障害の精神症状と関連していることを幅広いタイプの頭部外傷例で初めて示した。さらに、11C-PBB3を用いた脳内のタウ蛋白蓄積の評価は、頭部外傷によって生じた遅発性脳障害の客観的な指標になることも明らかにした」と結論。「この成果は、頭部外傷による遅発性脳障害の早期診断・治療につながることが期待される。また認知症分野では、タウ蛋白蓄積をターゲットにした治療薬の開発が進められている。頭部外傷後の遅発性脳障害の早期診断が可能となれば、こうした新しい治療法を適用できるかもしれない」と展望している。

(あなたの健康百科編集部)

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