- お話を伺った方
- 増原 慶壮氏 日本調剤株式会社 取締役
- 上田 彩氏 日本調剤株式会社 フォーミュラリー事業推進部 部長
年々増加を続ける医療費により日本の医療保険制度の崩壊が危惧される中、医療費削減の有用な手法として経済財政諮問会議でも取り上げられるなど、「フォーミュラリー」が注目を集めている。2019年4月1日に日本調剤株式会社はフォーミュラリー事業推進部を創設した。主な取り組みや今後の展望について、同社取締役の増原慶壮氏と同事業推進部長の上田彩氏に伺った。
この記事やフォーミュラリーに関するご意見をお聞かせください。合理的で経済的な医薬品使用指針
まず、フォーミュラリーとは何でしょうか。その説明からお願いします。
上田 フォーミュラリーとは、患者にとって最も有効で経済的な医薬品の使用指針のこと。単なる医薬品リストではなく、地域、医療機関、保険者などで構成される医療圏の中でどのように医薬品を使っていくか、その使用指針を示します。EBM(Evidence Based Medicine)が医療に取り入れられるようになった1980年代半ばに、限られた医療財源を有効活用するため、経済性を踏まえた医療サービスの提供が始まり、欧米諸国の医療従事者に広く定着した、医療現場においては欠かせない考え方です。
例えば英国では、社会保障費で全ての医療費を賄っています。社会保障制度で医療サービスを供給するという考えの根底には、全ての国民に対して平等で標準的な医療を提供するという理念があり、それを支えているのがフォーミュラリーなのです。限られた医療財源の適正化において、薬剤費の抑制は国民の関心も非常に高い問題です。今後、わが国の医療制度の維持のためには、国民にもフォーミュラリーの概念を浸透させていかなければならないと考えています。
日本調剤が構想する地域フォーミュラリー
なぜ日本では広がっていないのでしょうか。
増原 基幹病院があり、その周りに診療所などの二次医療圏が点在する日本の医療環境を考えると、2003年にDPC制度が導入された時点で、各基幹病院が独自にフォーミュラリーを進めていくべきだったのかもしれません。2013年に日本で初めて聖マリアンナ医科大学病院がフォーミュラリーを導入し、その後DPC病院を中心に徐々に取り入れられるようになっていますが、導入している施設は限定されているのが実状です。
その要因として、日本では薬剤師が薬物治療に積極的に参加する体制が構築されていなかったことが考えられます。そこで、医療機関ではなく保険者がフォーミュラリーを作成し、医療提供者側に提示する方法を考えました。2018年、全国健康保険協会静岡支部が主導で地域フォーミュラリーの導入を検討すると発表し、当社グループはそのデータ作成事業を受託しました。そして今年4月、フォーミュラリーを通じてさらなる医療貢献を果たすべく、フォーミュラリー事業推進部を立ち上げました。
フォーミュラリーの普及活動と最良の医療サービス提供の支援
日本調剤での取り組みとは、どのようなものでしょうか。
上田 フォーミュラリー事業推進部には、「フォーミュラリーコーディネーターチーム」と、「クリニカルコミッショニングチーム」という2つのチームがあります。
各々のチーム機能をご紹介すると「フォーミュラリーコーディネーターチーム」は、フォーミュラリーの普及活動を通じて、社会保障制度の維持と薬局薬剤師の質の向上を目指し、医療機関や保険者への勉強会を中心とした啓発活動、レセプトデータの解析やフォーミュラリー導入のためのコンサルティングなどを行います。
「クリニカルコミッショニングチーム」は、エビデンスに基づいた情報と医薬品使用に関する助言の提供や、地域が直面している課題へのアドバイスを行うことにより安全で効率的、効果的な医薬品の使用を支援します。
フォーミュラリー事業推進部には2つの活動目的があります。1つは日本の国民皆保険制度下における医薬品管理を支援することで、フォーミュラリーによる医薬品使用の標準化を目指し、導入後の実態調査を行います。それらを通じて、医薬品使用のプロセスを総合的に評価します。
もう1つの目的は、薬剤師を支援し、個々の医薬品使用を最適化すること。病院・薬局の薬剤師に医薬品情報教育を実施、医薬品情報室の業務を受託、新薬のヒアリングを通じて評価した情報を共有するなどです。複数の薬局で情報を共有すれば、業務の標準化ができますし、効率化にもつながることが想定されます。
真の医薬品情報を発信する高度DI室構想
現在の医薬品情報提供には、どのような課題があるのでしょうか。
増原 医薬品は製薬会社から提供される情報や各種エビデンス、諸外国の医薬品データベースなども含めて、中立的な立場から総合的に評価すべきと思います。適正に評価された情報は、どの医療機関でも共通して使用できるはずです。クリニカルコミッショニングチームでは、そのような"真の医薬品情報"を全国の薬局に発信する、「高度DI室」としての機能を発揮したいと考えています。
上田 英国ではDI業務は薬剤部の業務範囲の中で、効率化の対象となるものの1つです。複数の施設で情報を共有できれば、一箇所にまとめることのできる業務です。つまりそれは医療財源の適正化という観点からも、人的資源の有効かつ効率的な活用につながります。クリニカルコミッショニングチームが有するDI情報は、弊社の店舗だけでなく、病院に展開することで全国的に活用できればと考えています。
私たちは薬剤師です。地域の患者さんに最適な薬物治療を提供することを目標に戦略を立て、フォーミュラリーが浸透した後もDI情報の提供をたゆみなく継続したいと考えています。
フォーミュラリーで現在の医療制度を守る
フォーミュラリー導入の先に何を展望していますか。
上田 フォーミュラリーには、「どのような医療を提供したいか」という、薬物治療に対する医療者としてのスタンスが大きく反映されます。薬剤師が代替薬を提案する場合は、有効性、経済性から見てそれが最適であることが大原則です。医師も同様で、その処方は最も費用対効果の高い薬剤の中から選択できているかという視点が重要です。今の日本の医療には、経済性を考慮する視点がまだ不足していると感じています。今後、フォーミュラリーが、地域の薬物治療を最適化していくための仕組みづくりとして受け入れてもらえたらと思います。
現在、医療機関や薬局では多種多様な医療資源を用い、大量の在庫を維持しなければならない体制を取っていますが、フォーミュラリーの普及により、医療資源の管理がシンプルになり、医療者も医療を行いやすくなることでしょう。近未来の医療は合理性を取り入れた適正な医薬品使用により、人材面での負担も減り、安全性の向上も図られたものになっていると思います。
増原 フォーミュラリーは短期的、長期的な薬剤費の削減に資するもので、導入効果はすぐに医薬品削減効果として現れます。またフォーミュラリーはメンテナンスを重ねて運営していくものですから、継続によりその効果を長期的に持続できます。
日本の医療保険制度を守るために、早期にフォーミュラリーが根付くことで、さまざまな医療課題への解決策の根幹になってほしいと願っています。
増原 慶壮氏
1975年 | 11月 | 大阪薬科大学 卒業 聖マリアンナ医科大学病院薬剤部 |
1998年 | 聖マリアンナ医科大学病院薬剤部 副部長 | |
2001年 | 聖マリアンナ医科大学病院薬剤部長 | |
2005年 | 聖マリアンナ医科大学 評議員 | |
2006年 | 川崎市立多摩病院薬剤部長(兼任) | |
2013年 | 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院薬剤部長(兼任) | |
2015年 | 聖マリアンナ医科大学病院薬剤部 参与 | |
2017年 | 株式会社フジ薬局 顧問 聖マリアンナ医科大学 客員教授 株式会社日本医薬総合研究所病院コンサルタントグループ 部長 株式会社日本医薬総合研究所 取締役 |
|
2019年 | 4月 | 日本調剤株式会社フォーミュラリー事業推進部 部長 |
6月 | 日本調剤株式会社 取締役 |
上田 彩氏
1999年 | 3月 | 摂南大学薬学部衛生薬学科 卒業 |
2001年 | 8月 | 英国ロンドン大学スクール・オブ・ファーマシー 臨床薬学修士課程 卒業 |
2003年 | 7月 | 英国エセックス州サウスエンド病院 英国薬剤師会認定薬剤師研修過程 修了 |
10月 | 英国ロンドン・ノースウィック・パーク病院薬剤部 | |
2006年 | 1月 | 英国ロンドン北部地域医薬品情報センター |
2007年 | 4月 | 聖マリアンナ医科大学病院薬剤部 |
2019年 | 4月 | 日本調剤株式会社 フォーミュラリー事業推進部 部長 |