東大に喝!まるで民間自由診療クリニック

エクソソームが拍車をかける軟骨再生医療の迷走

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

研究の背景:場当たり的仮説で進む「幹細胞による軟骨再生医療」

 変形性膝関節症(膝OA)に対する間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells:MSC)の関節内注射による「軟骨再生医療」を謳った民間自由診療クリニックが市中に林立している。これらで使用されている幹細胞のほとんどは皮下脂肪由来である。患者の腹部からメスや生検針で脂肪を採取し、細胞培養加工資格を持つ営利企業に送って培養し、返送してきた幹細胞を患者の関節内に戻す...。大きな手間と侵襲を要する治療法で、費用も保険外(自由)診療で100万円近くかかる。

 しかしながら、その効果はせいぜい鎮痛作用や抗炎症作用で、軟骨再生効果は実証されていない(Nat Rev Rheumatol 2023; 19: 403-416)。「『軟骨再生医療』の看板に偽りあり」である。当然、国内外のガイドラインでは推奨されていないにもかかわらず、ソーシャルメディアでは大きく広告されて社会に浸透してしまっている(関連記事「暴走する『膝OA自由診療』にお手上げ」)。

 一般的に、再生医療において必要な二本柱は「前駆細胞」と「シグナル」である。多分化能と自己複製能を持つ「幹細胞」は、当初はその名の通り、再生組織の目的細胞に分化する「前駆細胞」と位置付けられていた。すなわち、膝OAの関節内に注射されたMSC自身が軟骨細胞に分化することによって、軟骨を再生すると考えられていた。

 しかしながら、この分化はin vitroでは認められてもin vivoでは否定的な知見が多く出てきた。すると今度は、「幹細胞はシグナル産生細胞である」という見解にシフトしてきた。すなわち、幹細胞が分泌蛋白や膜蛋白などのシグナル分子を産生することによって、幹細胞自身ではなく「生体内の前駆細胞」を軟骨細胞に分化させて「軟骨を再生する」に変わってきた。しかし、それも怪しくなると今度は、「滑膜などの周囲組織に働いて、炎症や疼痛だけは抑制する」という無節操なトーンダウンぶりである。「幹細胞の役割」が極めて曖昧なまま、非科学的かつ場当たり的な仮説に基づいて、名ばかりの「幹細胞による軟骨再生医療」が迷走してきたということである。

 この迷走に拍車をかけたのが「エクソソーム」である。従来は細胞外に老廃物を排出する「ごみ袋」の小胞と考えられていたが、最近、特にがん医療の領域で、内包するマイクロRNAや蛋白質によって細胞間相互作用に重要な役割を果たすことが解明されてきた(Cancer Cell Int 2022; 22: 367)。

 例によっていつものごとく、市中の美容外科と怪しげな再生医療クリニックが科学的根拠もないままにこのブームに飛びついた。「幹細胞」を「エクソソーム産生細胞」と位置付け、患者から採取した脂肪由来の培養幹細胞そのものではなく、培養上清を用いる治療法が始まった。培養上清中にシグナル分子を内包する「エクソソーム」が含まれている、ということになっているため、「幹細胞」は培養後にはお役御免でポイ捨てされる。

川口 浩(かわぐち ひろし)

1985年、東京大学医学部医学科卒業。同大学整形外科助手、講師を経て2004年に助教授(2007年から准教授)。2013年、JCHO東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄センター・センター長。2019年、東京脳神経センター・整形外科脊椎外科部長。2023年、社会医療法人社団蛍水会 名戸ヶ谷病院・整形外科顧問。臨床の専門は脊椎外科、基礎研究の専門は骨・軟骨の分子生物学で、臨床応用を目指した先端研究に従事している。Peer-reviewed英文原著論文は340編以上(総計impact factor=2,032:2023年7月現在)。2009年、米国整形外科学会(AAOS)の最高賞Kappa Delta Awardをアジアで初めて受賞。2011年、米国骨代謝学会(ASBMR)のトランスレーショナルリサーチ最高賞Lawrence G. Raisz Award受賞。座右の銘は「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」。したがって、日本の整形外科の「大樹」も「長いもの」も、公正で厳然としたものであることを願っている。

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