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東大准教授が中学生にがん教室、大切な人の「喪失」体験

 2012年06月20日 10:07

 日本の将来を担う子供たちに、がんの予防と治療の啓発を通じて生きることの意義をより深めてもらうため、バイエル薬品は昨秋から全国の中学校を対象に訪問授業「生きるの教室」を行っている。講師に東京大学医学部付属病院の中川恵一准教授(放射線科、緩和ケア診療部長)を迎え、がんと命の大切さを教えていくもので、6月15日には東京都葛飾区立堀切中学校で開催。中川准教授は、参加した同校2年生92人の一人一人を諭すように、がん予防によって守られる命があることを訴えた。また、授業後半では生徒参加型のグループセッションが行われ、大切な人をがんで失うことなどを仮想体験した。

早期がんなら9割が治る

 わが国最大の国民病であるがん。日本人の死因の第1位にもかかわらず、検診によるがん予防の意義がよく理解されていないなど、わが国のがん教育や啓発は十分とは言い難い。「生きるの教室」の目的は、がんの予防と治療の啓発を行い、がんとともに生きる力を育むことにある。

 2部形式で行われる授業の前半では、オリジナルムービー2本を上映した後、中川准教授が映像のテーマである「生命=生命(いのち)の大切さを学ぶ」「がんと向き合う(=がんを学ぶ)」について講義を行った。

 同准教授は自著『死を忘れた日本人』(朝日出版社)の中で、核家族では家庭に"老い"がないこと、病院死が85%にも上ることを挙げ、〈日本人にとって、老いや死は、生活の中からも、心の中からも消えてしまいました〉と指摘している。しかし、中学生にとっても「がん=死」のイメージがあるためか、事前に行った生徒たちへのアンケートでは73.6%が「怖い病気」と回答していたという。日本人の2人に1人ががんにかかり、欧米では減少しているがんによる死亡数がわが国では増加傾向にある。生徒たちが持つがんに対するイメージも、あながち間違いとはいえないだろう。

 がんによる死亡率増加の要因として、わが国のがん検診受診率の低さが指摘されている。例えば、欧米での子宮頸(けい)がん検診の受診率は8割に上るが、わが国では2割程度だ。「実際にはがんの約6割が治るものであり、早期がんであれば約9割が治る」と中川准教授。がんは検診によって予防できる病気であることを生徒たちに訴えた。

 とはいえ、がんは再発の可能性もある。同准教授の講演の中で、悪性リンパ腫を発症し、治療しながら厚生労働省がん対策推進協議会会長代理などを務めるNPO法人グループ・ネクサスの天野慎介理事長が「この教室での講演依頼は半年前だった。そのときふと思ったのは、半年後、自分が生きているのか、元気でいられるのかということだった」とがん患者の本音を語った。だからこそ、天野理事長にとって生きることとは「一瞬一瞬を大切にすること」であり、一番伝えたいことは「生きていること自体に価値があるということ」という。

 がん患者であるか否かにかかわらず、命はいつか尽きる。「限られた人生を大切に生きよう」と、中川准教授も生徒たちに強く訴えた。

「喪失」も冷静に受け止める

 後半には、「がんと生きる」をテーマにした生徒参加型のグループワークセッションが行われた。がん予防の方法論やがんとの向き合い方について、がんを人ごとではなく"自分ごと"化できるよう考え、発表してもらう意見創発型の授業だ。ステップ1「想起」、ステップ2「喪失」、ステップ3「希望」で構成され、ステップ1では大切な人の好きなところや良いところをできるだけたくさん思い起こし、それぞれの生徒に用紙に書き出してもらう。

 ステップ2では、ステップ1の用紙に大きな「×」を書いてシートを裏返し、大切な人をがんで亡くすという「喪失」を仮想体験し、自分がどう思うかを感じ取ってもらう。最後のステップ3では、大切な人をがんで亡くさないために自分たちに何ができるかを、班ごとに具体的に話し合う。

 ステップ2の「喪失」仮想体験は、中学生にとっては過酷とも思える。中には小児がんの生存者や、家族や友人を本当にがんで亡くした人もいると考えられるため、中川准教授は「配慮は必要」としたが、開催してきた中で「喪失」を冷静に受け止める生徒の反応を見て「大人と一緒だなという感想を持った」としている。

受講後に意識が大きく変化

 今回の授業を受けた生徒の反応も冷静で、ステップ3では各班から「検診を無料にする」「肉を食べ過ぎたり、ビールを飲み過ぎたりした場合は罰金を取る」「今日学んだことを話し、家族で改善できるところを話し合う」「日頃からがんの話をする」などのがん予防対策案が出た。

 中川准教授の講義で学んだばかりの「喫煙はがんの最大リスク」を踏まえ、「たばこを吸わないよう家族で指切りげんまんをする」「(家族が吸わないよう)たばこに油を塗る」などのユニークな案を発表した班もあった。

 生徒たちの親の世代である30~40歳代は、がんにかかる割合が高い年代。中川准教授は「がん患者100人のうち、遺伝によるがんは5人だけ」「がんの全てが防げるものではないが、両親と生活習慣の改善やがん検診受診について時々話し合ってほしい」と訴えた。

 「生きるの教室」を受けた生徒は、受講前は約8割が「家族ががん検診を定期的に受けているかどうか知らなかった」ほど、大事ながん検診受診の理解度は低かった。しかし、受講後は約9割が「家族にがん検診を受けるように勧める」との認識に変わったという。

 「がんの教育・普及啓発」については、次期(2012~16年)「がん対策基本法」計画の中に盛り込まれ、今年6月4日に閣議決定された。それによると「子供に対するがん教育の在り方を検討し、健康教育の中でがん教育を推進する」ことが掲げられており、次世代を担う子供へのがん教育が充実し、さらに普及していくものと期待される。

(編集部)

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