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【書評】肥満における「カロリー神話」を覆した力作

 2013年04月24日 20:00

『ヒトはなぜ太るのか? そして,どうすればいいか』
ゲーリー・トーベス著 太田喜義訳
メディカルトリビューン刊

評:江部康二(高雄病院理事長)

肥満の元凶はインスリンによる脂肪蓄積

 著者のゲーリー・トーベスは、米科学誌「サイエンス」のほか、「ディスカバー」「アトランティック」「ニューヨークマガジン」などの雑誌に記事を寄稿している科学ライターであり、米カリフォルニア大学公衆衛生バークレー校で研究員も務めている。米国科学ライター協会、米国物理学会、パン・アメリカン健康機構などの賞を獲得していることが彼の実力を示している。本書は、その彼が10年以上かけて完成させた力作である。豊富な科学的根拠により、カロリーを過剰摂取するから太るという従来の"カロリー神話"を真っ向から覆すことに成功した。

 まずは、本書のエッセンスを簡単に紹介してみよう。

 肥満の元凶はインスリンによる脂肪の蓄積であり、その血液中の濃度と総量が関係する。そして、インスリンを大量に分泌させるのは炭水化物のみである。米ハーバード大学医学部元教授のジョージ・ケーヒルが著者に言う。

 「脂肪を操るインスリンを、炭水化物が操る」と。

 摂取するエネルギーと消費するエネルギーのバランスにより、体重の増減が決まるというのが従来信じられている"カロリー神話"であるが、これは消費するエネルギーを固定的に考えていることから来る誤解である。摂取するエネルギーと消費するエネルギーは相互に依存する。

 2007年、ハーバード大学医学部長であるジェフリー・フライアーは論文を発表し、「動物の食餌量を減らすと消費エネルギーを減らすので、いったん体重が減少しても、食餌量を元に戻すと体重も元に戻る」と報告した。人間においても同様と考えられ、過去にカロリー制限食が減量に失敗し続けたのも当然である。

 卵巣を摘出したラット(ネズミ)の動物実験も興味深い。このラットに好きなだけ餌を与えたら、食べ過ぎて瞬く間に肥満となった。次に、同様の手術後、術前と同じだけの食餌量に制限したところ、驚くべきことに、好きなだけ餌を与えたラットと同様に肥満になった。

 女性ホルモンのエストロゲンは、リポタンパクリパーゼ(LPL=中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロール分解する酵素)の作用を抑制する働きがある。LPLによって分解された遊離脂肪酸は脂肪細胞に取り込まれ、再び中性脂肪に合成されて体に蓄えられる。エストロゲンがないと脂肪細胞(の周囲の毛細血管壁)にあるLPLが活発になってこの作用が促進され、太っていく。閉経後や卵巣摘出後の女性が太りやすいのも、この理屈である。

 血糖値を下げるインスリンは脂肪細胞(の周囲の毛細血管壁)にあるLPLを活性化させるので、脂肪細胞内に中性脂肪を蓄える方向に働く。これに対し、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)は脂肪細胞内にあって、中性脂肪を遊離脂肪酸(とグリセロール)に分解して血中に放出させる作用がある。

 つまり、脂肪細胞のLPLは内部に中性脂肪を蓄えて太らせる働きがあり、HSLは逆に内部の中性脂肪を分解して痩せさせる働きがある。インスリンは脂肪細胞のLPLを活性化させ、HSLを抑制するので、インスリンが分泌されると太りやすい。さらにインスリンは、血糖を脂肪細胞内に取り込み、中性脂肪として蓄えてしまう。

「我が意を得たり」の読後感

 47年間、両方の太ももにインスリン製剤の注射を打った1型糖尿病女性の写真が本書に載っており、局所にメロン大の脂肪の塊が見られる。インスリン療法によりしばしば太る。糖尿病の専門書『ジョスリン糖尿病学』には〈食物摂取とは無関係の、インスリンの脂肪組織への直接的な脂肪生成効果〉と説明されている。健康を損なうことなく、痩せていたいのであれば、炭水化物を制限し、血糖値とインスリン濃度を低く保たねばならない、というのが本書の結論である。

 読後は「我が意を得たり」というのが感想である。本書にはアトキンスダイエットも登場しており、米国肥満治療の主流派(カロリー制限派)に対し、炭水化物(糖質)制限の持つ意味を論理的かつ科学的に論証している。米ジョスリン糖尿病センターでは、肥満のある2型糖尿病患者には炭水化物の比率を40%に推奨しており、日本のように50~60%ということはない。米国の一般的な内科医や産婦人科医などもジョスリン式が結構多いと思える。

 本書では、米デューク大学ライフスタイル医学クリニックの「砂糖なし、デンプンなし食」が巻末の付録で紹介してあるが、最も効果的な減量には、炭水化物の総量を1日20グラム以下(うどん約100グラムに相当)に保つことが必要としている。私が実践している高雄病院の「スーパー糖質制限食」でさえ1日40~60グラム以下なので、かなり厳しい設定と言える。私自身でさえも1日2食なので、1日20~40グラムである。

 ともあれ、インスリンが脂肪細胞のLPLを活性化させ、HSLを抑制し、余剰の血糖を脂肪細胞に取り込んで中性脂肪に合成して蓄える、すなわち「3重の肥満ホルモン」がインスリンと言える。そして、インスリンを大量に分泌させるのは炭水化物、脂質、タンパク質のうち炭水化物だけである。ケーヒルの「脂肪を操るインスリンを、炭水化物が操る」は、蓋(けだ)し慧眼(けいがん)である。

 糖質制限食、そして人間栄養学に興味がある人には価値ある一冊と言える。ぜひご一読を。

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『ヒトはなぜ太るのか? そして、どうすればいいか』
ゲーリー・トーベス著 太田喜義訳
メディカルトリビューン刊
2013年4月28日発行 A5判上製 288ページ 2,800円+税

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