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ホームレスの4~6割が精神疾患、夜回り通じ医療につなぐ

 2013年05月02日 12:00

 厚生労働省の調査によると、2012年1月現在のホームレス数は9,576人(前年比マイナス1,314人)で、1999年の調査開始以来、初めて1万人を下回った。一方で、同省の委託事業としてNPO法人「ホームレス支援全国ネットワーク」(福岡県)の調査では一時的なホームレスが年間4万人と推計され、依然として路上生活を送る人が多いのが実情だ。こうした中、陽和病院(東京都)精神科の森川すいめい医師らがわが国で初めて実施した調査で、東京・池袋駅周辺のホームレスで精神疾患を抱えている割合が2008年で62.5%、2009年で41.0%と高いことが分かり、精神医療的支援の必要性が浮き彫りになった。夜回りや炊き出しを通じてホームレスの医療・生活支援を行う「東京プロジェクト」の代表でもある森川氏に、アウトリーチ(奉仕活動)の実際や精神科医としての役割、同プロジェクトの最終目標などを聞いた(関連記事)。

高齢化で認知症ホームレスも増加

――精神疾患を抱えているホームレスが多いそうですが。

 医学生の頃からホームレスの支援活動に携わり、2003年にホームレスの支援活動団体「TENOHASI(てのはし)」を立ち上げてからも、ずっと活動を続けてきました。こうした経験を通して、ホームレスに精神疾患が多いことは実感していたし、1996~2007年に出版された海外の研究では、統合失調症をはじめとする精神病性障害は2~42%、うつ病は0~41%、アルコール依存症は9~58%と、いずれも高率であることが示されてきました。

 しかし、わが国ではこうした実態が明らかにされてきませんでした。そこで、2008年12月~09年1月に、われわれが支援活動を行っているJR池袋駅から半径1キロ圏内での路上生活者を対象に、精神疾患の有病率を調べたんです。

 対象区域内の路上生活者は1日平均150人いますが、調査に参加したのは、依頼状を受け取った115人中82人。療育手帳を持つアパート生活者1人と生活保護受給者1人を除く80人(平均年齢50.5歳、男性75人、路上生活の平均期間67.8カ月)について、生活状況の聞き取りや「MINI」という精神疾患を抱えているかどうかの判定などを行いました。

 その結果、80人中50人(62.5%)が何らかの精神疾患を抱えていると診断されました。内訳は、うつ病が33人、アルコール依存症が13人、幻覚・妄想などの精神病性障害が13人。また、44人に自殺リスクが認められました(「日本公衆衛生雑誌」2011; 58: 331-339)。

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 2009年末にも同様の調査を行ったところ、対象者168人のうち34%が知能指数(IQ)70以下で、知的機能障害のあることが推測されました。さらに、未集計ではあるものの、自閉性障害やアスペルガー障害などの広汎性発達障害が多いことも分かったんです。これらに加え、高齢社会の進行に伴い、認知症のホームレスも多く見られるようになりました。大半のホームレスは、こうした精神疾患などを複数抱えています。今後、他の地域でも同様の調査を行い、わが国全体のホームレスの精神疾患有病率を明らかにする必要があるでしょう。

高い生活保護受給のハードル

――精神疾患を抱えているとホームレス化するのはなぜ?

 例えば、発達障害や知的障害なのに診断されていない人で、学校で虐待やいじめに遭ったり、職場での人間関係で問題を抱えたりした末に、職に就けなくなってしまう若年層に多いケースや、パソコンを使ったデスクワークなどに就けず、単純な肉体労働に従事していたが機械化で仕事が減ったり、病気やけがなどで働けなくなったりしてしまう中高年層に見られるケース。あるいは、両親や親戚などとの縁が薄い単身者のケース。こうした条件に加え、十分な支援が受けられなかった場合、ホームレス化してしまう人が多いようです。

 つまり、精神疾患を抱える人のうち、未診断のままで、何かしらの支援を受けていない場合は貧困状態に陥りやすく、やがてホームレスになる可能性が高いのです。

 生活保護を受けるにしても、受給を申請するには言語コミュニケーション能力が求められるため、精神疾患の診断が付いていない人で、周囲にサポートをしてくれる人がいない場合、受給申請のハードルはかなり高い。また、認知症の場合では、単身・独居であると、徘徊して家に帰れなくなり、ホームレス化する人も少なからずいます。

夜回り中の何気ない会話から心身の状態を探る

――東京プロジェクトではどんな活動を?

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 夜回りでは、公園で並ぶホームレスの人たちにおにぎりを配った後、駅構内を回ってホームレスの人におにぎりを配っていく。顔見知りの人もいれば、初めて見かける人もいる。元気に過ごしているか、体調はどうか、困っていることはないか、と会話をする中で、健康状態や支援の必要性を確認します。 2003年に設立した「TENOHASI」や、2008年から認定NPO法人「世界の医療団」などと共同で行っている「東京プロジェクト」を通して、JR池袋駅周辺での夜回りを毎週1回と、近隣の公園での炊き出し・医療・福祉相談を毎月2回行っています。

 炊き出しでは、温かい食事を提供する一方で、医療や福祉相談ができるスペースを設けているため、心身の不調を訴える人に医師や看護師などのボランティアスタッフが相談に乗っています。血圧を測ったり、聴診器を当てたり、必要に応じて医療用の薬剤を無償提供したりしています。

「アウトリーチは"火消し"にすぎない」

――アウトリーチ活動での医師としての役割は?

 ホームレスが集まる現場で医療相談を行うだけでは、あまり意味がありません。地域に出掛けて行って医療が必要な人がいれば医療につなぎ、次に医療から福祉へ、それから福祉から地域生活へつなぐこと。そして、そのための連携が不可欠です。

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 精神科医としての私の役割は、まず、目の前にいるホームレス状態の人がどういう精神的な障害を持っているのか、それによってどんな困難を抱えているのかを定義すること。その上で、例えば、発達障害で音に敏感なので個室に入れるよう紹介状に記入するなど、本人の要望を取り入れて方向性を判断します。

 10年以上もホームレス支援の現場にいますが、われわれの活動は"火消し"にすぎません。なくなるべき活動であって、他の精神科医など医療従事者に同じことをしてほしいとは考えていません。それよりも、日頃から多くの精神疾患患者と接して培ったコミュニケーション能力を、病院の外にある地域に積極的に出て行って、地域の人たちに教えてあげてほしいと思います。

診療報酬得られる訪問看護ステーションも設立

――受診につなげる実際のルートは?

 受診については、本人の同意が得られれば「東京プロジェクト」で借り上げているワンルームマンション(緊急シェルター)で風呂に入り、こちらで用意した新しい衣服に着替え、スタッフとともに生活保護の申請をして、ボランティア医師が書いた紹介状を持って精神科病院に行くというルートが、この10年ほどの活動で確立できています。したがって、病院側も、ホームレスだからといって診療報酬が請求できないということもありません。

 また、今年2月に訪問看護ステーション「KAZOC(かぞっく)」を立ち上げました。これまでのボランティアとすみ分け、診療報酬の請求に結び付けることが目的で、どうしたら少しでも生活しやすくなるかを一緒に考えていく生活支援まで手掛けています。現在、看護師や作業療法士など計6人がフルタイムで勤務し、私もチーム医として活動に関わっています。現在、ホームレスを脱して地域で生活する66人をフォローしているところです。

 今年3月、継続的に「東京プロジェクト」で支援をしてきた人のうち約60人に聞き取り調査を行ったのですが、他の団体からの紹介などに比べ、大半がアウトリーチ(夜回り)や医療・福祉相談がきっかけであり、現在の生活場所としてアパートが26人、グループホームが7人、依然としてホームレス状態にある人は6人でした。「KAZOC」や陽和病院での外来を通じて、地域生活に戻った人を診ることも、精神科医の役割でしょう。

 ただ、ホームレスになるまでに一般社会でひどく傷ついてきた人たちが、安心して地域での生活を取り戻すためには、個々のニーズに合った支援が必要です。医療だけでなく、福祉、就労、法律などの地域資源の知識を持ったチームでの取り組みが不可欠で、地域にそうした資源がなければなりません。精神疾患などを持っている人が特別視されることなく、地域社会で自由に安心して生きられるようになるためのモデルケースを作ることが、「東京プロジェクト」の最終目標です。

森川 すいめい(もりかわ すいめい)

 1973年、東京都生まれ。精神科医、鍼灸(しんきゅう)師。久里浜アルコール症センター(現久里浜医療センター)を経て、陽和病院に勤務。立教大学精神医学講座で非常勤講師も務める傍ら、地元・池袋でホームレスを対象にした炊き出しや医療相談などを実施。08年には、ホームレスの精神疾患有病率調査を日本で初めて行った。NPO法人「TENOHASI」代表理事、認定NPO法人「世界の医療団」との共同活動「東京プロジェクト」代表医師。アジア・アフリカを中心に世界40カ国以上を旅した。

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