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引きこもりは「ディオゲネス症候群」か、専門家が分析

 2013年11月01日 10:30

 社会問題となっている「引きこもり」。内閣府の調査で引きこもり人口は67万人と推計されているが、一口に引きこもりといっても不安や抑うつなど心に苦痛を感じている受診が必要となる人だけでなく、何も苦痛を感じることなく生活を続けているように見える人もいる。後者のような事例を、古代ギリシャの哲学者を由来とする「ディオゲネス症候群」と見立てる動きが、フランスの精神科医の一部で出ているという。第36回日本精神病理・精神療法学会(10月11~12日、京都市)のワークショップで、名古屋大学学生相談総合センターの古橋忠晃・助教(精神科医)は、「引きこもりをディオゲネス症候群と位置付けるには、いくつか疑問点がある」と報告した。

リビドーが「自給自足的」なディオゲネス症候群

 古橋氏は最近、自身がフランスの精神医学雑誌に発表した「引きこもり」についての論文(「L'Évolution Psychiatrique」2013; 78: 249-266)を基に、日本の引きこもり事例についてフランスで報告した際、聴衆から「それはディオゲネス症候群ではないのか」と指摘されたという。

 主に老年期に観察される「ディオゲネス症候群」は、孤独で不潔な生活をする、自らの体の状態への配慮がない、外的援助を拒む、無意味な収集癖を持つといった特徴があり、こうした症状は加齢によるストレスへの防衛機能の現れと考えられている。患者の生き方が古代ギリシャ・ヘレニズム期のキニク学派(犬儒学派)の哲学者、ディオゲネスに似ていることから、1975年に英国の老年科医A. N. G. Clark氏らが名付けた病気だ(「Lancet」1975; 305: 366-368)。

 ディオゲネス症候群は「ため込み障害(Hoarding disorder)」につながる精神疾患といえ、かつて社会的に成功したような知能指数(IQ)の高い人に多い。現代では「ゴミ屋敷」の住人がその代表例。フランスのC. Hanon氏らの研究では、孤独感や空虚感を埋めるために外出してゴミを拾ってきて自宅にためこむ「能動型ディオゲネス症候群」と、孤独感や空虚感があるためにゴミが捨てられず自宅にゴミがたまってしまう「受動型ディオゲネス症候群」に分けられるとされている(「Encephale」2004; 30: 315-322)。患者は自分の気持ちを他人にぶつけることなく自分自身で処理していることから、本能的な欲望の動き(リビドーの経済)が「自給自足的」であるといえる。

広場で自慰にふけった「世界市民」のディオゲネス

 ディオゲネスはソクラテスの孫弟子の一人で、「必要なものが少ないほど神に近い」という思想を持ち、樽(たる)の中に住んでいたことから「樽のディオゲネス」とも呼ばれる。アレクサンドロス大王(アレクサンダー大王)がディオゲネスの樽の住まいを訪れて「何か欲しい物はないか」と尋ねたのに対し、「何も欲しい物はないが、日が当たるようにそこをどいてくれ」と返した逸話は有名だ(写真)。

 また、広場で自慰にふけりながら「ああ、おなかもこんな具合にさすりさえすればひもじさがやむといいのになあ」と言ったとも伝えられる。その生き方は、これまでの風習に左右されず、人間にとっての真の価値を追求するものとしてたたえられることも多い。

 肉体が必要とする最小限のもの以外は何もポリス(都市国家)から求めない生活は、自給自足的ともいえる。しかし、ディオゲネスはただ人生の孤独感や空虚感を埋めるために自給自足的な生活をしていたのだろうか。「あなたはどこの国の人か」と尋ねられ、「自分はコスモポリーテース(コスモポリタン=世界市民)だ」と答えた逸話からは、そうではないように感じられる。

引きこもりは「自給自足的」だが「世界市民」には至らない

 一方、不安や抑うつなどの心の苦痛を感じずに生活している引きこもりの生き方はどうか。毎日インターネットを通じて自室から国際情勢をにらみ、"世界の危機"を救うことを目指すオンラインゲームに没頭する。親への経済的依存はあるものの最小限のものしか必要とせず、異性との性的関係を持とうともしない。そんな事例からは、世界を俯瞰(ふかん)的に見ようとする点や、「リビドーの経済」が自給自足的な点で、ディオゲネスの生き方に通じるところを見ることができる。

 しかし、引きこもりがディオゲネスと決定的に異なる点は、ディオゲネスが都市国家の外部で生きる世界市民であるのに対し、引きこもりは世界を俯瞰的に見ようとする方向性があるものの、都市国家の内部にある自室に閉じこもり世界市民の実践をしない点だ。古橋氏は「ディオゲネス症候群という疾患概念を考えるにあたり、患者が世界市民的かどうかに言及した研究は見られない。しかし、ディオゲネスのように世界市民の実践へと至らない引きこもりを"ディオゲネス症候群"と位置付けることには慎重になった方がよい」と述べた。

(宮下 直紀)

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