【寄稿】メディアのエボラ報道で見えてきたこと―後編
2015年02月19日 10:30
〈編集部から〉
2014年に西アフリカで発生したエボラウイルスによる脅威は、海を越えて日本まで及びました。エボラに関する日本メディアの報道姿勢を通じ、その問題点と受け手側のあるべき姿などを、感染症コンサルタントの青木眞氏に聞く後編は、報道から正確な情報を読み解く秘けつや、真の問題点などについて聞きました。(前編はこちら)
高い致死率の"背景"にも注目を
「エボラは死亡率が40~70%と高い(から感染した場合のリスクは深刻)」と受け止めた人も多いのではないだろうか。
現在、報告されているエボラの致死率は、世界保健機関(WHO)などの患者定義に合致した、かつ医療機関に来るくらい重症の患者を母数に示されている。では、感染したものの医療機関には来なかった軽症の患者も分母に含めた場合の致死率はどうなのだろうか。「目の前にある数字を真に受けない」ことも重要だ。大事なのは分母である。
今回のエボラ流行では、医療設備の整った施設で脱水や電解質異常に対する十分な支持療法を受けた場合、回復する症例も報告されている。つまり、日本のような先進国でエボラ患者を治療した場合、致死率はかなり低くなる可能性があると考えられる。
「開発中の新薬、早い承認を」の報道には気を付けろ!?
有効性が期待される治療薬のエボラに対する早期承認を期待する報道も多い。しかし、医薬品は有効性ばかりではない。過去にも市販後、安全性や副作用の問題で使用中止となった医薬品は決してまれではない。
今回のエボラ流行でも、基礎研究でエボラウイルスへの有効性が示されていたとしても、臨床試験で有効性や安全性が実証されなければ「試験管ではウイルスが死ぬが、投与されたヒトも死んでしまった」という事態を招きかねない。臨床的・疫学的に適切にデザインされた検討が重要である。
感染症に対する水際対策は有効か
西アフリカで医療支援に従事した国境なき医師団(MSF)の医師が、米国に帰国後発熱。検査の結果エボラウイルス陽性と判定され、流行国外での検疫体制の不備を問う報道もあった。
しかし、新型肺炎のSARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラは、発熱だけの時期の感染性はほとんどゼロ。重症化した時期にのみ体液を介して他者への感染を引き起こすことから、これらの感染症では重症化した患者と密接に接触することの多い医療関係者の感染が増えることが知られている。
一方で、インフルエンザや水痘(水ぼうそう)などは、発症前から感染性がある。こうした事実を踏まえた上で、「そもそも水際対策に必要性・実効性はあるのか」という見方も重要だろう。
重要なのは感染防御策
「米国では、エボラ患者の診療に従事した看護師が2人も同時に感染した(そんなに感染力が強いのか?)」という報道もあった。
この看護師たちは、搬送された患者がそれほど重症という認識がないままに対応していたようだ。一方で、流行地の草むらにテントのような環境で診療に当たっている国境なき医師団のスタッフは、ほとんど感染していない。
これはつまり、「きちんと感染防御策を取っていれば、医療設備が限られていても、エボラウイルスであっても感染しない。逆に先進国の医療機関でも感染防御策が不十分であれば感染する」ことを示している。
「感染症流行を大きな局面で捉えることが重要」
残念ながら、現在も西アフリカのエボラ流行は終息していない(編集部注:2014年11月時点)。「日本にいつ輸入例が来るのか?」よりも、これ以上、患者を増やさないために現地での感染拡大をいかに防ぐかが、最も重要な点だ。
このように、今回のエボラ流行に対する一連の報道は、過去の新興感染症と同様、感染症を取り巻く状況を大きな局面で捉え、情報を提供できる専門家の不在をあらためて浮き彫りにしているように思える。
青木 眞(あおき まこと)
感染症コンサルタント(米国感染症専門医)、サクラ精機株式会社学術顧問。1979年、弘前大学医学部卒業。沖縄県立中部病院、米ケンタッキー大学、聖路加国際病院(東京都)、国立国際医療研究センター(同)などを経て、2000年から感染症コンサルテーションを全国の病院、医療機関で開始。教育講演も行っている。