過労自殺した若手医師、「限界です」両親へ遺書...病院側は長時間労働の指示否定〔読売新聞〕
2023年08月17日 10:17
160名の医師が参考になったと回答
神戸市東灘区の「甲南医療センター」の専攻医だった高島 晨伍しんご さん(当時26歳)が過労自殺した問題で、高島さんは生前、仕事で追い込まれていく心情を母親に吐露していた。センターは長時間労働を指示したことを否定しており、遺族は不信感を募らせている。
「土日も行かないと回らない」
<知らぬ間に一段ずつ階段を 昇のぼ っていたみたいです。おかあさん、おとうさんの事を考えてこうならないようにしていたけれど限界です>。高島さんが両親に宛てた遺書には、そうつづられていた。
母親の淳子さん(60)によると、高島さんは父親が消化器内科の医師で、中学生の頃から医師を目指していた。複数の同僚によると、2020年4月にセンターの研修医となった後、内視鏡操作の練習などに熱心に取り組んでいたという。
しかし、専攻医になる直前の22年2月頃から、救急対応などで深夜に及ぶ残業が続くようになった。高島さんはこの頃、大阪で暮らす淳子さんに「朝5時半に起きてタクシーで出勤し、午後11時に帰宅している」「土日も行かないと業務が回らない」と話していた。
淳子さんは心配して高島さんの神戸市の自宅を訪ねたが、4月以降は部屋はごみが散乱し、口数も減った。診療の忙しさに学会で発表する資料作成も重なり、5月に入ると「しんどい、しんどい、疲れた。2月から休みなしや」と漏らすようになったという。
母親「息子を守れなかった」
亡くなる2日前、高島さんは、センターまで迎えに来た淳子さんの顔を見た途端に泣き出した。「今週締め切りの学会の資料ができない。あかんあかん」と取り乱し、淳子さんは翌日も高島さんを訪ね、休職を提案した。しかし、「休職したら職場に戻れない」と受け入れなかったという。
亡くなった5月17日の昼、高島さんから「変な気を起こさんようにするから」と書かれたメールが淳子さんに届いた。返信しても電話をしても反応がなく、自宅に向かうとクローゼットで死亡しているのを見つけた。
遺書には<お母さんに 辛つら い思いをさせるのが苦しいです><もっといい選択肢はあると思うけど選べなかった>とも書かれていた。
淳子さんは「あんなに追い詰められていたのに、息子を守れなかった。息子に何と言って謝ったらいいかわからない」と悔やみ、家のクローゼットを今も開けることができないという。
長時間労働、病院側は指示否定
センターは取材に対し、高島さんに長時間労働を指示したことを否定している。西宮労働基準監督署は、出退勤記録を基に高島さんの労働時間を認定したが、センターは、院内にいる時間には、知識や技能を習得するための「自己研さん」の時間が含まれ、全てが労働時間ではないと主張。勤務医らには、センターにいる時間のうち「業務時間」と「自己研さんの時間」を分けて申告するよう指示していたという。高島さんが、自己申告していた残業時間はほとんどなかった。
センターは取材に「高島さんが熱心に働いていたことは事実。医師の自己申告に任せ、勤務状況の十分な管理ができていなかった」と釈明し、今は上司によるチェックを徹底しているという。
淳子さんは「息子の同僚からは残業を申告しにくい空気があったと聞いている。指示がなければ、あんなに追い込まれることはなかった」と反発している。
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「自己研さん」過重労働の温床
2024年から「医師の働き方改革」が始まり、時間外労働の罰則付き上限が導入される。しかし、若手医師に必要な「自己研さん」の時間は労働時間に含まれないとされ、過重労働の温床との指摘もある。
時間外労働は、労使協定を結べば事実上「青天井」だった。上限規制は、一般企業で19年から適用され、十分な医療が提供できなくなるとして、医師は5年間猶予された。上限も年960時間(月平均80時間)と一般労働者(年720時間)を上回り、技能取得が必要な研修医らは特例で年1860時間(月平均155時間)まで認められる。
今回、認定された高島さんの時間外労働は月207時間に上り、3か月平均でも185時間。センターの労使協定に基づく上限を超え、新設される上限も大幅に上回る水準だった。
来年から規制...残業上限に含まれず
だが、新設される残業時間の上限に、自己研さんの時間は含まれない。
国は19年7月、通達で自己研さんの考え方を示した。上司に指示されて行う勉強や、一般的な診療や自身の手術の予習などは労働時間とし、学会も参加しないことで不利益がある場合は労働時間に該当する。業務に不要な論文作成を上司の指示なく行う場合は、働いたとみなされない。
研修医や専攻医ら若手医師の過労自殺は後を絶たない。16年1月には新潟市民病院で当時37歳の女性研修医が自殺。15年7月にも東京都内で30歳代の男性研修医が自殺し、いずれも労災認定された。
男性研修医の代理人を務めた川人博弁護士は「若手医師は仕事に不慣れなのに業務量が多く、上司に業務過多を主張できないケースも多い。自己研さんと労働の境界はあいまいで、来年から規制が導入されても、骨抜きにされる可能性がある。業務量に対して医師の数が十分か、病院だけでなく、国全体で考える必要がある」としている。
(2023年8月17日 読売新聞・田中健太郎)