コロナはインフルの類なんて寝言を言うな!
2020年12月28日 16:47
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© Adobe Stock ※画像はイメージです
本論の前に:アピガン承認見送りは妥当な判断だ
最初に、若干イレギュラーではあるが、同じ「Doctor's Eye」に連載されている川口浩先生の「アビガン」にまつわる論説に言及する。
川口氏は「『ファビピラビルの承認見送り』の学術的根拠はあまりに希薄であり、サイエンスの公正性、国民の健康を無視した、ルール違反に基づいている。ここまで来ると、混乱、迷走を通り越して、茶番劇である」と、厚生労働省に対して容赦ない批判を行っている。
ファビピラビルは、もともとインフルエンザ治療用に日本で開発された抗ウイルス薬である。RNAポリメラーゼの阻害作用があり、インフルエンザウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、エボラウイルスなど、さまざまなRNAウイルスへの活性がある。が、服用錠数が多いことや、副作用の多さ、そして臨床試験によるいわゆる「エビデンス」が希薄なことから、実際の臨床現場における使用は、現段階では、推奨できない。インフルエンザにはより合理的な治療法があるし、エボラウイルス感染症においても同様だ。他にも活性があるとされるC型肝炎などにも使用しない(もっと良い治療薬があるからだ)。「活性がある」というin vitroの知見と、「臨床現場で使える、使うべきだ」には大きなギャップがあるのだ。感染症治療薬のバイブル的教科書『Kucers』においても、Favipiravir(T-705)はinvestigational drug, つまりは研究途上の薬という立ち位置である。
さて、今回川口先生が紹介した多施設研究について、彼は主要評価項目に統計学的有意差がなかったのは「症例数の問題」だと指摘している。しかし、臨床研究では本来、主要評価項目を「臨床的に」評価できる程度のパワーを計算し、そこから症例数を「事前に」設定しておかねばならない。当該研究の「Methods」には患者の基準や研究期間は設けられていたが、事前の患者数の設定はなされていなかった。研究計画の詳細が記されたSupplemental materialにも、症例数の事前設定に関する記載はない。
通常であれば、このような前向き比較試験で症例数を設定しなければ、そもそも倫理委員会を通らない可能性が高いのだが、2020年3〜5月という日本中が大パニックに陥っていた状況では、研究の質を落としても治療薬検証を遂行するのはやむをえなかったのだろう。そして、幸か不幸か緊急事態宣言下で日本の感染者数は激減し、十分なエントリーを得られなかったものと推測する。
いずれにしても、本試験の主要アウトカムは臨床的には意味の小さいウイルスの消失率だ。追加で検討された解熱への平均時間などもソフトなアウトカムである。大多数は治療薬なしで自然に治癒する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においては、死亡リスクの低下や重症化の防止こそが求められるアウトカムなのだ。ましてや、ファビピラビルは尿酸値上昇や肝機能異常など、副作用の多いことが知られる薬である。リスクを許容できるだけの大きなメリットがなければ、臨床現場での使用は容認されない。本研究では82人中69人、84%の患者で尿酸値上昇が観察されている。1割以上に中性脂肪の上昇が、8%以上で肝酵素上昇が観察されている。「それらは臨床的に重篤な有害事象ではなかった」という批判は、まさに「それは症例数が少なかったからじゃないんですか」という反論を呼ぶであろう。
ちなみに、本研究のファーストオーサー、土井洋平先生は、かつて僕が内科研修を受けたニューヨーク市の病院でやはり内科研修医だった。同じ時期、僕は同市内の感染症フェロー(後期研修医)だったのだ。古い話だ。
土井先生は高い知性と誠実さを持つ、尊敬すべきガチの感染症のプロである。本研究の瑕疵は、彼自身が一番承知しているはずだ。上記のように、リアルワールドの制限下で満足のいく臨床データが得られないことはしばしばあり、僕にもその経験はある。それはある程度不可抗力であり、よって僕はここで研究者たちを非難したいのではない。が、あのレベルのデータではファビピラビルを臨床使用すべきだ、という主張の根拠にはできないし、おそらく土井先生自身、そんな主張はしないはずだ。確かに、医薬品医療機器総合機構(PMDA)ができる前の薬事承認プロセスは本っ当にお粗末だったと僕は思うけど、少なくとも感染症領域においては近年の承認プロセスはおおむね科学的に妥当だと考えている(幾つかの例外はもちろんある、が)。
ファビピラビルの「今の」立ち位置は、未来の臨床試験の評価を否定するものではない。既に海外で二重盲検のガチなランダム化比較試驗(RCT)が進行中なのだから、その結果を受けてファビピラビルを再評価するという厚労省の見解は実にまっとうだ。大多数の患者が自然治癒するCOVID-19治療において、真に必要なのは死亡リスクや重症化リスクを下げてくれる、臨床現場で渇望されている治療なのだから。
研究の背景:世界中でが渦巻くコロナをめぐる陰謀論
さて、前置きがめっちゃ長くなって申し訳ないが、ここからが本題だ。「新型コロナなんて風邪みたいなもんだ」「今年はインフルが激減してるから、臨床現場はさぞ楽になったことだろう」「医療崩壊なんて幻想にすぎない」。そういう外野の主張をよく聞く。試しに指定医療機関の感染管理認定看護師にこの話をしたら、彼女は「バッカじゃないの!!」と激怒していた。COVID-19病棟を知っている医療者なら、誰でも知っているシンプルな事実だが、外部にはなかなか伝わらない。机上の空論で、「インフルは毎年○人死んでるんだから、コロナで医療崩壊なんて起きるわけがない」と思ってしまう。データは大事だが、現実世界を無視した数字遊びは危険である。前回の「Docter's Eye」でお示しした日本の政治家の「Go Toで感染したエビデンスはない」という強弁みたいなものだ。
で、今回紹介する研究は「インフルエンザとCOVID-19は同じじゃない」という、われわれ的には「当ったり前な」、しかし、論文で明示することが重要なスタディーである。このスタディーの存在そのものが、「コロナなんてインフルと同じじゃん」的、ほとんど陰謀論みたいなものが世界中にあることを暗示しているんだけど。みんな、大変だよね。
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