メディカルトリビューン

座談会 心房細動と脳血管障害に対する治療と課題

司会
萩原 誠久 氏 東京女子医科大学 循環器内科 教授・講座主任
清水 渉 氏 日本医科大学大学院医学研究科 循環器内科学分野 大学院教授
出席者(発言順)
向井 靖 氏 九州大学病院 循環器内科 冠動脈疾患治療部 講師
増田 正晴 氏 関西労災病院 循環器内科 副部長
濵 義之 氏 君津中央病院 循環器内科 部長
合屋 雅彦 氏 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 循環器制御内科学 准教授

 心房細動(AF)は、放置すると予後不良な心原性脳塞栓症を来す恐れがあるため、適切な治療介入が求められる。AFの発症抑制には複数の治療選択肢が存在するが、近年のカテーテル・アブレーション(アブレーション)の進歩や非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC)の普及が、治療成績の向上に寄与するものと期待されている。

 そこで本座談会では、不整脈治療の専門家をお招きし、AFの発症機序やアブレーションの治療標的、左心耳内血栓症例における抗凝固療法、AFレジストリーから見た心原性脳塞栓症のリスク因子などについて話し合っていただいた。

AFの発症機序とアブレーションにおける治療標的

萩原 アブレーションの進歩やNOACの普及により、AF患者の心原性脳塞栓症を未然に防ぐ手段は充実しつつあります。そこで、本日は不整脈治療がご専門の先生方をお迎えし、清水先生とともにAF患者に対する心原性脳塞栓症の発症抑制に向けた治療戦略や、発症の予測因子などを議論したいと思います。

 まずは、向井先生にAFの発症機序について伺います。

向井 1998年にAFは肺静脈(PV)で発生し、PVで治療可能であることが示され1)、治療標的としてPVの重要性が注目されました。以降、「PVは心筋線維が入り組み多様な層構造を成しており、複雑な伝導に対応できる構造となっている」2)、あるいは「PVの心筋は早期後脱分極(EAD)などの異常な電気活動や異所性興奮の発生において、電気的に良好な条件を満たしている」3)といった報告があり、AFの発症機序が徐々に解明されてきました。

萩原 AF発症の条件とその治療標的にはどのようなものがありますか。

向井 AFの多くは、興奮伝導の非等方性により発症、維持されると思われますが、基質を標的とするか、トリガーを標的とするかは重要な課題です。

 一方、持続性や永続性のAFは、アブレーションを施行しても肺静脈電気的隔離術(PVI)のみでは十分な効果が得られないことが多く、現在さまざまな研究がなされています。その1つがPV以外の起源(Non-PV foci)を治療標的とするものです。合屋先生らの検討では、non-PV foci が認められかつ治療できた群に比べてnon-PV fociが認められかつ治療できなかった群ではAFの再発率が高いことが示されていますが(図1)、私もnon-PV fociを治療標的とすることは、AFを根治させる上で重要と考えています。

アブレーション施行患者におけるAFの累積無再発率

萩原 PV以外の治療標的がアブレーション施行前に確認できるように医療が進歩すれば、より根治しやすくなると思います。

 増田先生は関西の施設を中心としたAF患者のアブレーションレジストリーであるKPAFレジストリーに携わっておられますね。

増田 KPAFレジストリーは、アブレーション施行AF患者の長期予後を検討する目的で行われ、計24施設から約5,000例が登録されました。主な患者背景は平均年齢65歳、CHA2DS2 -VAScスコアは平均2点、症候性AFの割合が80%程度などです。

萩原 KPAFレジストリーのような大規模レジストリーを重ねて、より安全で有用なアブレーション治療を確立することが望まれます。

 アブレーション周術期には、血栓塞栓症に配慮して抗凝固療法が行われます。近年は、従来治療薬だけでなくNOACも選択されています。

増田 アブレーション周術期におけるNOACの効果については検討されており、アピキサバン(エリキュース®)についても、前向きオープンラベル多施設共同ランダム化比較試験であるAXAFA-AFNET 5が実施されました4)。同試験では、脳卒中のリスク因子を有するAFのアブレーション待機患者676例を対象に、従来治療薬の継続投与とアピキサバンの継続投与が比較され、主要評価項目は全死亡+脳卒中+大出血の複合エンドポイントの発生率でした4)

「AXAFA-AFNET 5」の対象薬である従来治療薬には国内未承認の薬剤を含む

左心耳内血栓の患者に対する抗凝固療法

清水 続いて、濱先生に左心耳内血栓を有する非弁膜症性AF(NVAF)患者への治療戦略について伺います。

 NVAFで心原性脳塞栓症を発症する患者では、ほとんどの塞栓源が左心耳であると考えられ5)、いかに左心耳内で血栓を生じさせないようにするかが、脳梗塞の発症抑制を考える上で重要です。

清水 左心耳内で生じた血栓に対してのNOACの溶解作用に関する報告は、あまりありません。このような患者に抗凝固療法を行う際の注意点はありますか。

 既に血栓が認められる患者では、認められない患者と比べて脳梗塞の発症リスクが高いことが懸念されますので6)、より慎重な対応が求められます。

 ワルファリンは、効果発現までに時間がかかるものの、半減期が長いため7)、うまくコントロールできれば有用な選択肢になると思います。投与時の注意点としては、血栓溶解作用を強めようとプロトロンビン時間国際基準比(PT-INR)を高めに設定しがちですが、出血リスクも高まるため、両者のバランスに配慮する必要があります。

 一方、NOACは半減期が短く、投与回数は薬剤によって異なります7〜8)。そのため、適切な服薬と抗凝固作用が減弱する期間の短縮がより重要といえ、「副作用が少なく服薬中止の懸念が少ない」、「ピーク値とトラフ値の差が小さい」といった点を考慮した薬剤選択が好ましいと考えています。

清水 個々の薬剤の特徴に応じた選択が重要ですね。

 NOACの1つであるFⅩa阻害薬アピキサバンは、ワルファリンを対照としたアリストテレス試験においてNVAF患者に対する有用性が検証され、有効性の主要評価項目である脳卒中および全身性塞栓症の発症率、安全性の主要評価項目である大出血の発現率は、ともにアピキサバン群で低値でした9)。同試験では腎機能別(図2)、体重別9)、年齢別9〜10)などのサブグループ解析でも有用性が示されていますが、今後は左心耳内血栓を有するAF患者でアピキサバンのエビデンスが得られるのかどうか注目していきたいと思います。

アリストテレス試験で計画されていた主要評価項目のサブグループ解析

アブレーション施行患者におけるAFの累積無再発率

わが国のAF患者における心原性脳塞栓症の予測因子

清水 最後に、合屋先生から日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として進行中の「心房細動発症リスクと重症化リスクの層別化指標の確立を目的とした大規模コホート・レジストリー共同研究」の中から、AFレジストリーに関するデータを紹介していただきます。

合屋 現在、わが国の「心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)」11)では、欧米で考案されたCHADS2スコアによるリスク評価に基づいて抗凝固療法を定められています。しかし、欧米の研究12)とわが国の研究13)のCHADS2スコア別の脳梗塞発症率を比べると少し異なっており、わが国の患者の方が脳梗塞を発症しにくいのではないかと考えられます。

 そこで、わが国のエビデンスに基づいた治療を行えば、より日本人患者に適した治療が可能になるとの考えから、現在AFに関連したAMEDの事業が3件進行しています。その1つが、わが国の5件のAFレジストリー(J-RHYTHMレジストリー、心研データベース、Fushimi AFレジストリー、慶應KiCS-AFレジストリー、北陸plus心房細動登録研究)の患者を対象とした、心原性脳塞栓症の予測因子の検討です。

 対象は、この5件のレジストリーに登録されたAF患者1万2,127例です。これら患者の心原性脳塞栓症の発症率を調査し、その後多変量解析を行ったところ、抗凝固薬なし、脳梗塞の既往、年齢75歳以上および85歳以上、持続性AF、高血圧、BMI 18.5kg/m2未満が心原性脳塞栓症の予測因子として同定されました14)

清水 抗凝固療法の有無別に見ると、どのような結果が得られたのでしょうか。

合屋 これらの因子に重み付けを行ってスコア化し、スコア別に心原性脳塞栓症の発症率を検討しましたが、抗凝固療法の有無にかかわらず、スコアが高くなるに伴い発症率も上昇しました14)

 このことから、わが国のAF患者に対してはCHADS2スコアでなく、これらの因子に基づいた心原性脳塞栓症のリスク評価が有用であるかもしれません。

清水 今回、合屋先生が示された予測因子には、CHADS2スコアに含まれる糖尿病と心不全が入っていない点が興味深いと思います。

萩原 CHADS2スコアは開発されてからかなりの年月が経過しています。その間、糖尿病治療は進歩し、適切な治療を受けている患者も多いと思いますので、糖尿病はリスク因子として残りにくいのかもしれません。リスク評価時には、治療の変遷も考慮することが重要ですね。

清水 今回ご紹介いただいたデータが日常臨床に生かされ、わが国のAF患者の脳梗塞発症抑制に寄与するものと期待しています。

 先生方、本日はありがとうございました。

432JP19PR0245328/ELQ72I016A

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