スポーツ選手なら一度は耳にしたことがあるだろう「イップス」。当たり前にできているプレーが突然できなくなってしまう障害を指す。立命館大人間科学研究科の井上和哉助教に、自身の研究成果を基に実践している心理的支援について聞いた。 ▽研究で分かった特徴 野球で打者の球を捕った投手が一塁への送球で何度も暴投してしまう、ゴルフで思うように腕が動かず簡単なパットを外す、弓道やアーチェリーで矢を離すタイミングがずれる―。イップスが疑われる症状は、あらゆるスポーツで確認されている。 重要な試合での大きなミスや他者からの叱責が引き金となるケース、反復練習により突然その動作ができなくなるケースなど、きっかけはさまざま。井上助教は「イップスのきっかけや症状が続く要因は精神的要因だけと思われがちですが、身体面が精神面に影響を及ぼすこともあります」と説明する。「問題は、イップスによって大好きなスポーツが楽しめなくなったり、選手生命が途絶えてしまったりする点にあります」 2021年、井上助教の研究チームは、野球経験者292人にアンケートを実施。その結果、イップス症状が顕著な人は▽送球がうまくいったときに失敗しなくてよかったと思う程度が高い▽自らの思考にとらわれる傾向が強い▽ミスを仲間や指導者から叱責される程度が高い―という三つの特徴が浮き彫りになった。 ▽心理療法で改善 イップスは正式な病名ではなく、医療機関での診断や治療はまだ確立されていない。ただ、井上助教によると、心理療法の一つであるアクセプタンス・アンド・コミットメントセラピー(ACT=アクト)がイップスの心理的な症状に対処できる可能性があるという。 「ACTは、不安や緊張をなくそうとせず、あるがままにし、距離を起きつつ、今、この瞬間に集中しながら、行いたい活動を増やしていくことを重視しています」 実際に、ラケットを思うように握れず、うまくボールを打てない悩みを抱えていたテニス選手が、ACTによるカウンセリングでイップスが改善し、パフォーマンスが向上したという。 「過度に思い悩まず、手先の感覚だけにとらわれずに体全体を大きく使うことに意識を向けましょう。うまくいっていた過去に戻そうとせず、これまでとは別の新しいやり方やうまくできるこつ、体の感覚を探索するのも大切です」 井上助教は「仲間や指導者は、ミスを責めてペナルティーを課したりせず、積極的なプレーを賞賛するなど、プレーしやすい温かい雰囲気を普段からつくってあげてほしい」と呼び掛けている。(メディカルトリビューン=時事)