薬剤師のための健康行動科学/健康行動科学に基づく患者支援(エンパワーメント2)

  • Facebookでシェアする
  • Medical Tribune公式X Xでシェアする
  • Lineでシェアする
感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

成功例

エンパワーメント・アプローチ

1.医療者は患者さんの行動変容を支援する

 慢性疾患をもつ患者さんにとって、その療養行動時間のほとんどは患者さん自身によるものです。医療者が関われるのはせいぜい月1回、1時間にもならないはずです。病院・薬局を一歩出てしまえば、全ての行動は患者さんの判断に委ねられるのです。医療者が患者さんの療養行動全てに責任を取ることは不可能なのですから、医療者の仕事は、「患者さん自身が慢性疾患とその自己管理について十分な知識と理解に基づいて判断できるように支援する」ことになります。医療者は患者さんの自己管理の目標達成に向けた自己管理のプログラムを患者さんと協力して作り上げることに責任を負うと考えます。

2.患者さんは自身で問題解決する力を持っている

 患者さんは自分の問題を自身で解決できる能力を持っています。しかし、医療者が長期にわたり常に指導を行っていると、患者さんは医療者に指導されることに次第に慣れてしまい、いつの間にか自分の問題解決の能力を落としてしまうことになります。薬剤師は問題解決型の教育を常に受けているからなのかもしれませんが、いったん患者さんの生活上の問題を発見すると、患者さんに問題の解決策を考えるように促すのではなく、薬剤師自身が考えた問題解決策を患者さんに安易に提案しがちです。しかし、このことは患者さんの問題解決の能力を下げ、エンパワー(気持ちを前向きにする)でなくパワーダウンさせているのです。

3.聞くことでチャンスが生まれる

 薬局での服薬指導では、薬剤師が一方的に説明することが多いかもしれません。しかし患者さんをエンパワーメントすることを考えると、話すよりもよく聞くことが重要です。よく聞くことなしに患者さんを理解することはできないからです。患者さんの話を聞くことで、患者さんが持つ問題点や考え方を理解できるようになります。そして何よりも、聞くことで患者さんは意識が前向きに変わっていきます。

表1 従来型モデルとエンパワーメント型モデルとの違い

エンパワーメント・スコア

 エンパワーメント・スコア〈表2〉は、自分の服薬指導が患者さんをエンパワーできているのかを振り返る指標になります。普段、投薬時に患者さんの感情や目標について尋ねているでしょうか?具体的には「糖尿病と診断されてどのように感じておられますか?」といった糖尿病への受け止め方や「これからどんなふうに過ごそうと思っていらっしゃるのですか?」といった患者さんの人生観についての質問です。逆に薬局でやりがちな「~しましょう」、「○○するといいです」といった提案や、良かれと思ってつい言ってしまう安易な共感や批評は患者さんの行動変容を妨げるので、スコアはマイナスになっています。エンパワーメントを実施する上で、自分が投薬するときに提案や批評をしていないかを気を付けるだけでも患者さんとのコミュニケーションが大きく変わるはずです。時には親しくなった患者さんに対し、感情や目標について聞いてみると、患者さんとの心の距離がさらにぐっと近くなることに気付くはずです。

表2 エンパワーメント・スコア

1.感情や目標に注意を向けている(+2)

 行動を変えるのは理屈ではなく感情です。皆さんは普段薬局で患者さんの感情に注意を向けて患者さんと対話できているでしょうか。時には「糖尿病になったことをどのように感じていらっしゃいますか?」などと患者さんの感情に一歩踏み込んで聞いてみることは、患者さんとの信頼関係を築く上で大変重要です。

2.問題を掘り下げている(+1)

 患者さんとの対話の中で、患者さんが問題と思う点について明確化したり、掘り下げることができれば+1点となっています。薬剤師は薬に関係ないことは雑談だと考えがちですが、患者さんが治療を続けるための環境について知っておかなければ支援もできません。患者さんとの対話を通じて、患者さんが問題点に気づき解決策を考える手伝いをします。

3.分類不能(±0)

 情報提供や専門的な質問は±0点です。治療初期で情報提供があまりなされていないごく短い期間は情報提供も有効ですが、情報提供だけでは行動変容につながることは少なくなります。

4.患者さんの代わりに問題を解決している(-1)

 薬剤師は問題を見つけると、解決策を提案したくなります。しかし、これは患者さんの考える力を奪い、行動変容を阻害することになります。

5.患者さんを批評している(-2)

 患者さんの考え方や行動について、正しいのか間違っているのかあなたの考えを伝えているのであれば-2点になります。指導と呼ばれるものがこれにあたるのですが、指導は「判断するのは医療者で、患者さんはそれに従うべき」というメッセージを伝えていることになります。

 また、一見エンパワーメントのように感じる「共感」にも注意しなければいけません。例えば、「お正月明けはどうしても食べ過ぎて、HbA1cは上がってしまいますよね」といった発言です。危機感や不安が高まるときは、行動変容を起こす絶好の機会ですが、このような安易な共感は患者さんの不安を取り去り、行動変容へのパワーを奪ってしまいます。

まとめ

  • エンパワーメントという概念は、現在の糖尿病療養指導の分野では大きな流れになっている。
  • エンパワーメントは、患者さん自身が問題解決する力を持っており医療者がそれを助けるという考え方である。

さいごに

 短い間でしたが、ご愛読いただきましてありがとうございました。冒頭で紹介した「3☆ファーマシスト研修」は、COMPASS研究という薬局薬剤師による糖尿病患者への介入研究で使用した教育プログラムです。エンパワーメントの考え方を基にしており、3分以内のコミュニケーションで患者さんを支援する方法を学べます。研修は1回8時間、全3回でマスターできるように組まれており、東京・大阪の2カ所で年1 ~ 2回実施しています。興味を持った方はぜひご連絡ください。

COMPASSプロジェクト・3☆ファーマシスト研修 Webサイト
(京都医療センター予防医学研究室)
http://www.yobouigaku-kyoto.jp/compass/
岡田浩 bufobufo.ok@gmail.com
Facebook https://www.facebook.com/bufobufo.ok

 学会や研修などで皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。そのときにはぜひ、連載の感想など教えてください。

参考文献

  1. 石井均 監訳. 糖尿病エンパワーメント第2版. 東京, 医歯薬出版, 2008.
  2. 門脇孝 監訳. 糖尿病エンパワーメント101のコツ. 東京, 医歯薬出版, 2005.
  3. 石井均 監訳. 糖尿病1000年の知恵. 東京, 医歯薬出版, 2011.
  4. 岡田浩. 行列ができる薬剤師 3☆ファーマシストを目指せ!. 東京, じほう, 2013.

[PharmaTribune 2015年12月号掲載]

  • Facebookでシェアする
  • Medical Tribune公式X Xでシェアする
  • Lineでシェアする