薬剤師のための漢方薬講座/便秘-現代医学的・東洋医学的な考察-

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亀田総合病院 東洋医学診療科
南澤 潔 氏

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イラスト:吉泉ゆう子

ひとことで「便秘」と言っても、患者さんの訴えは実にさまざまです。「便がなかなか出ない」というだけでなく「毎日出ているけどすっきりしない」や「硬くて痔になる」、「排便時に腹痛がある」、「ただお腹が張る」、「ガスが多い、臭う」などなど......患者さんはこれらを全部「便秘」という言葉で表現されることがあります。具体的にどのような症状であるかを把握するのが肝要です。

目次

現代医学的な考察

  • 便秘とは、排便機会が少なく不快な腹部症状があること
  • 続発性便秘ーー薬剤師は「薬剤性」便秘のチェックを
  • 原発性便秘ーー治療薬はさまざまだが、安易な連用を避けたい

東洋医学的な考察

  • 便秘の原因となる病態はさまざま
  • 気血水で考えると
  • 腸管の状態を東洋医学的に考えると

◎現代医学的な考察

便秘とは、排便機会が少なく
不快な腹部症状があること

現代人の10%以上は便秘だと言われています。若年層では女性に多いのですが、加齢に伴い男女とも頻度が上昇し、高齢者では男性にも増えてきます。

便秘の医学的定義には曖昧な部分もありますが、国際消化器病学会が定めた機能性消化器疾患の診断基準(RomeⅢ※1)では、排便が週に3回未満、排便の25%以上で排便困難や腹部症状を伴う、などとされています。大雑把に言えば、「排便機会が少なく、不快な腹部症状があれば」便秘症として治療対象になると理解していいでしょう。

※1. RomeⅢ:国内外で広く用いられている診断基準。昨年新しくRome IVが発表されたが便秘について、大きな変更点はない。

◆続発性便秘

薬剤師は「薬剤性」便秘のチェックを

慢性の便秘症は、何らかの原因による続発性便秘と、特定の原因が同定されない原発性便秘に区別できます。

「続発性」の便秘は3つに分類されます。すなわち、大腸がんや炎症による腸の引きつれ、術後の癒着や瘢痕などが原因で、腸管が狭くなることによる「器質性便秘」、内分泌疾患や糖尿病、神経変性疾患など、腸管の運動を阻害する基礎疾患に伴う「症候性便秘」、薬剤の副作用による「薬剤性便秘」です。

便秘薬が含まれる処方箋を受け取ったとき、薬剤師にはその便秘に薬剤性の要素がないか、併用薬のチェックをお願いしたいと思います。薬剤性便秘の原因となる薬剤としては、抗ヒスタミン薬やオピオイドなど抗コリン作用のあるものが代表的ですが、鉄やカルシウム製剤、制酸剤などのアルミニウム、亜鉛といった金属イオンを含有する製剤、利尿薬、抗うつ薬、抗痙攣薬、降圧薬なども挙げられます。このことは、医師の間で意外に意識されていないかもしれません。

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◆原発性便秘

治療薬はさまざまだが
安易な連用を避けたい

原発性の便秘は「機能性便秘(FC)」と「便秘型の過敏性腸症候群(IBS-C)」に分類されます。IBS-Cは腹痛や腹部不快感などがより強く、排便で改善しにくいものとされています。従来の分類では弛緩性便秘、痙攣性便秘といわれたものとおおむね重なり、IBS-Cでは精神的な因子がしばしば関与します。

原発性便秘の治療薬としては、A:緩下剤、B:膨張性下剤、C:刺激性下剤、D:消化管運動機能改善薬などがあります。

A: 緩下剤
昨年、ルビプロストンが30数年ぶりの新薬として話題になりました。大腸ではなく小腸での水分分泌促進作用を有する薬で腹痛を起こしにくいというメリットがありますが、初期の嘔気が比較的多く見られ、妊婦に禁忌とされている点に注意が必要です。

B: 膨張性下剤
欧米ではオオバコの種皮が用いられるようです。このオオバコの種子は"車((しゃ))前((ぜん))子((し))"という生薬として漢方薬にも用いられます。車前子を含む漢方薬として、例えば((ご))車((しゃ))腎((じん))気((き))丸((がん))がありますが、この場合の車前子は下剤ではなく、水分代謝改善などの作用が期待される生薬です。

C: 刺激性下剤
センナやその主要成分であるセンノシドも用いられますが、これは漢方でも用いられる"大黄"や、民間療法で用いられるアロエと同じアントラキノン系に分類されます。アントラキノン系を長期連用していると大腸メラノーシス※2につながることが知られています。安易な連用は好ましくありません。

※2. 大腸メラノーシス:アントラキノン系薬剤の連用により、大腸の粘膜に色素沈着を来した状態。大腸内視鏡検査などで見つかる。特別な自覚症状はないことが多いが、メラノーシスの観察される大腸では腸管壁の神経細胞が減少しており、下剤への耐性が生じるなど便秘症状をさらに悪化させる。原因となる薬剤の中止により、改善するとされている。

◎東洋医学的な考察

◆便秘の原因となる病態はさまざま

気血水や八綱、五臓の失調といった
複数の切り口から考える

東洋医学的には、便秘の原因となる病態はさまざまに考えられます。

このような場合、東洋医学では気血水(健康に生きていくために不可欠な要素を象徴する仮想概念)の考え方、八綱※3(陰・陽、虚・実、表・裏、寒・熱という4組8つの分類)や五臓※4の失調(仮想的な機能単位で、解剖学的な内臓とはしばしば相違する)による病態認識など、複数の切り口で考えていきます。

気血水で考えると......

  • 気の巡りが悪い「気鬱(気滞)」や、気が不足している「気虚」、では消化管を動かすエネルギーが不足して、便秘になると考えます。
  • 血が不足する「血虚」や体液の不足する「津液不足」では、体を潤す陰液の不足により便が乾燥して固くなり、腸の動きも阻害されて便秘になると考えます。
  • 血の巡りが悪い「瘀血」の際にも便秘はよく見られます。

◆腸管の状態を東洋医学的に考えると......

  • 体の深くに熱がこもる陽明病※5では、内にこもった熱のために便の水分が減って便が硬くなり便秘になると考えます。
  • 反対に体の深部(「裏※6」)が冷え切ってしまうと、腸管運動が不十分になり便が出にくくなると考えられます。

※3. 八綱:古代中国の陰陽論に基づいた、病勢、疾病の主座の位置、闘病の性質などによる疾病分類。

※4. 五臓:古代中国の五行思想に基づいた、身体機能の仮想的機能単位。今日の解剖学的な臓器とは異なる部分が多い。

※5. 陽明病:疾病の自然経過の病期分類である六病位のうち、陽病期の最も激しい病期。体の深部に熱がこもり、意識障害や便秘を生じるとされる。

※6. 裏:八綱の分類要素の一つで、身体深部を指す。六病位の陽明病では裏に熱がこもることが多く、逆に陰病では裏が冷えた状態(裏寒)になることが多い。

次のページでは便秘の治療に使う漢方薬を学びます

◆執筆者◆ 南澤 潔 氏


医学博士
日本東洋医学会 漢方専門医・指導医
日本内科学会  総合内科専門医・指導医
日本救急医学会 救急科専門医 

【ご略歴】
1991年 東北大学医学部 卒業
1991年 武蔵野赤十字病院 研修医
1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科
1995年 諏訪中央病院 内科
1996年 成田赤十字病院 内科
1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科
2001年 富山大学 和漢診療科
2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長
2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長

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