木曜は薬局の定休日。たまった洗濯物をやっつけて、リビングにルンバを走らせている間にスーパーで週末までの食料品を買い込んで帰った。 食材を冷蔵庫に詰め込んで、さて、お昼ご飯を食べながらニュースでも、と思ってテレビをつけると... 『解熱鎮痛剤に無届けで中国製混入』 ...へ?! お買い得品のシャケ弁をつついていた箸が止まった。 えっ、なにそれ? 中国製を混ぜてたってどういうこと? うちで出してない薬だといいけど...うん、きっとそんなに出ないような薬...って、アセトアミノフェンかい! 「ええー、ちょっと待ってー! これヤバいんじゃないのー?!」 ニュースを見ながら頭の中で疑問と困惑と楽観論が駆け巡っていたが、とうとうテレビに向かってツッコミを入れてしまった。 だってアセトアミノフェンでしょ? カロナールとかアンヒバとかいろいろあるし、PLやピーエイやトラムセットにも入ってるのに、もしそれが全部回収になったら大変だ...! 待て待て。ちゃんとニュースを見よう。 どうやら品質上の問題はなく、原薬メーカーが届け出なしで中国産を混入したという薬機法違反であることがわかってきた。 まあ、でもアセトアミノフェンを作っている会社は他にもあるだろうし、全回収になるとは限らないよね...限らないと思う...限らないんじゃないかな?...けど、ちょっとは覚悟をしておけ? ニュースは終わったが、相変わらず悪い予想ばかり浮かぶ。 アセトアミノフェンなんて小児科でも文字通り毎日のように出る薬。保護者の方から「そんな薬、うちの子に飲ませられません!」なんて言われないだろうか? 今ごろ、薬局にはメーカーさんからお詫びのFAXが届いていたりするのだろうか。 流通量が激減して入荷できなくなったらどうしよう...。 だが今日は閉局日。自宅にいて何ができるわけでもない。普段通り家事を片付けることにした。 たまったレシートを家計簿につけたり、トイレ掃除をしたりする合間にツイッターを見るうちに、フォロワーさんたちが流す情報から少しずつ状況がはっきりしてきた。 やはり回収は行われず、流通に支障が出ることもなさそうだ。 今日はこうして自由に情報を得られる状況にあるからいいが、勤務中ではテレビやツイッターを見ることもできず、最新の情報をリアルタイムに入手することはできない。FAXで回収情報が入っても、刻々と変化する情報が更新されることもない。 そんなことは滅多にないだろうけれど、もしニュースを見た患者さんに「大丈夫なの?」と聞かれたとしても、情報の真偽もわからない上、正しく答えられる情報も得られないまま対応するしかない。 "何から伝えれば いいのか わからないまま 時は流れて..."※ 洗濯物を片付けながら、思わずそんな歌詞が頭に浮かんだ。 しかし、もっと情報源に乏しい患者さんの方が、ずっと不安は大きいだろう。 製薬会社が、薬を作る過程で何かごまかしをしたらしい。ごまかして作った薬なんて欠陥品ではないか。中国製を混ぜたらしい。中国製といえば、薬以外の製品でも問題になったニュースがあったはず。そんな薬を飲んで大丈夫なのか。回収すべきじゃないか。それなのに回収しないってどういうこと? 根拠がないように見えても、そんな不安にかき立てられた不信感を抱えているのかもしれない。 だが、その不安に共感しないような言い方では、不信はかえって増大してしまう。 「ごまかして作った薬なのに回収しなくていいと言うなんて、この人は製薬会社の味方なんだ」 自分たちとは同じ感性や論理を持たない相手を、人は信用しない。 自分のいる『こちら側』と、その『向こう側』との間に線引きをして、『向こう側』にいる人の言うことを聞こうとしなくなる。 人は「何を言っているか」よりも、「誰が言っているか」によって、信じられるか否かを判断してしまうのだから。 翌日、患者さんからの問い合わせは全くなかった。大きく報じられたわけでもないし、アセトアミノフェンと言われても、どの薬かわからないのかもしれない。私が心配しすぎなだけだったようだ。 ところが午後の診察時間が始まる直前、医薬品卸会社のNさんがやってきた。「申し訳ございません、実は...」Nさんが差し出したお知らせ文書は、予想どおりアセトアミノフェンの...ではなかった。 「え? アイピーディ回収?!」 文書を示しながら、Nさんが事情を説明する。 「...というわけで、カプセル表面に付着した成分による健康被害は生じないと考えられますが、対象のロットは回収いたしますので...」 「私、取ってきます」 2年目薬剤師のA子さんが調剤室からアイピーディを持ってきた。 お知らせ文書と照らし合わせてロット番号を確認する。 まあ、うちではアイピーディはそんなに在庫を置いてないし、たぶん大丈夫...と思っていると、なんと2箱の中の1箱が回収対象のロットとドンピシャリ!! 「あっ、ビンゴですよkikoさん!」 「いや、いらないからそんなビンゴは!」 あれほど心配したアセトアミノフェンは何事もなく、大丈夫とタカをくくったアイピーディが回収とは...。 悪い知らせがあったら、過度に心配するのでもなく、また根拠なく楽観視するのでもない、冷静な対応が必要なのに、私にはそれが見事に欠けているのだなあ、としみじみ痛感させられたのであった。 ※ラブ・ストーリーは突然に 小田和正1991年 【コラムコンセプト】仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。 【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。8歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)