「この治療だけが望みなんです」

効果の望めない治療を薬剤師はどう判断すればよいか

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

シップヘルスケアファーマシー東日本株式会社
川村 和美

患者さんの望みに応えるか、医師の指示に従うべきか...。"倫理的判断"に迷う場面においては、直感に頼らずそのケースをさまざまな側面から幅広く検討し、より望ましい決定をするというプロセスが重要になります。

次のケースに遭遇した場合、あなたならどう考えますか?

「この治療だけが望みなんです」

 私は、勤務14年目の病院薬剤師(38歳)です。

 Fさん(36歳・女性)は、再発乳がんの治療のため、先週から再入院してきました。私はこれまでの入院でも彼女を担当しています。年齢も近く、お互いの子供が同じ年だったことから、お会いするたびに親しくなり、今では患者さんを越えて友人のような感覚すらあります。

 今回の検査結果で、現在投与中の抗がん薬に効果が見られないことが判明しました。これまで、効果が期待された抗がん薬はすべて試しており、検査結果から有効だと期待された抗がん薬は、既に繰り返し使用しています。今回の抗がん剤が効かないのであれば、他に手立てがありません。

 化学療法はFさんの希望そのものであり、「この治療は私の望みなんです。治療さえ続けていたら、生きることができるんだと思えますから」という話を何度も聞いて来ました。もしも、Fさんに化学療法の中止を伝えたなら、Fさんがふさぎ込むことは目に見えています。だからといって、Fさんにこの薬の効果が見られないことも事実です。

あなたならどうしますか?

a.jpg効果がない薬を継続しても、Fさんには副作用の負担ばかりを課すことになるため、主治医に抗がん薬の中止を提案する。
b.jpg薬に関することは薬剤師の責任なので、使用中の抗がん薬に効果が見られないことを、私から丁寧にFさんに伝える。
c.JPGいつか主治医が検討するときが来ると思うので、それまでは私から抗がん薬の中止を提案することはせず、Fさんを励まし続ける。
d.JPGこの薬がFさんの精神的な支えになっていることを主治医に伝え、効果がみられなくても、抗がん薬を中止しないようお願いする。
e.JPGFさんの抗がん薬に対する想いをカンファレンスで共有し、生きる望みとして用いる抗がん薬の意義を、皆が理解してFさんに接するよう取り計らう。

あなたは、何番を選択しましたか?あるいは、別の方法を考えたでしょうか。このケースを考える上で大切な、5つの視点から解説していきます。
※(関連記事)倫理的に判断するための5つの視点とは?

5つの視点から考えてみよう!

 皆さんは、どの方法を選択しましたか? あるいは、別の方法を考えたでしょうか。このケースを考える上で、大切なポイントを【薬学的な視点】【患者さんの視点】【関係者の視点】【状況の視点】【QOLの視点】の5つから解説していきます。

◆薬学的な視点
効果が見られない薬の継続的な使用は望ましくない

 一般的に、私たちはベネフィットとリスクの観点から、効果が見られない薬や重篤な副作用がある薬は、継続的に使用できないと考えます。生命医学倫理の4原則のうち、善行・恩恵の原則に基づく判断です。

 本ケースにおいて、重篤な副作用が見られなかったとしても、効果がないとわかった以上、抗がん薬を使用し続けるという選択肢は認められないでしょう。仮に、身体的な負担が見られなかったとしても、経済的負担がかかりますので、使い続けることは望ましくありません。

※生命倫理の4原則:生命倫理学(バイオエシックス)とは、生命化学の研究者や医療関係者の態度や行為について、道徳的価値感や原則に照らして学術的に論じ研究する系統的学問のこと。医療現場における個別のケースを検討し、倫理問題を解いていく上での基盤となるのが、生命倫理の4原則である。1.自立尊重原則、2.無危害原則、3善行・仁恵原則、4.正義・公正原則がある。1970年代より、ビーチャーム(Tom L. Beauchamp)とチルドレス(James F. Childress)によって体系づけられた。

図 生命倫理の4原則関連図

表 生命倫理の4原則の概要

(図、表とも資料集 生命倫理と法〔ダイジェスト版〕より引用)
参考:奥田潤、川村和美.改訂7版「薬剤師とくすりと倫理ー基本倫理と時事倫理ー」じほう、2007

◆患者さんの視点
患者さんは効果がない抗がん薬を継続したいと考えるか

「この治療は私の望みなんです。治療さえ続けていたら、生きることができるんだと思えますから」というFさんの発言から、化学療法がFさんの希望になっていることは間違いないでしょう。しかし、Fさんは「効果がなくても、この抗がん薬を継続したい」と考えるでしょうか。おそらくFさんは、抗がん薬の効果があると思っているから、その発現を期待して、使用の継続を望むのではないでしょうか。

 抗がん薬の定期投与の拘束から解放されれば、愛するご家族の待つご自宅に戻るとか、投与にかかる時間を自分のために使う等、叶うかもしれません。Fさんが、それらの十分な情報を得た上で、どんなご判断をされるか是非伺いたいところです。

◆関係者の視点
薬剤師として、関係者にどのような情報提供が必要か

 主治医は薬剤師に何を期待しているでしょうか。抗がん薬の効果がないとわかった時点で、チーム医療の一翼を担う薬剤師から、薬物治療に関する情報提供は迅速になされるものだと考えているでしょう。抗がん薬の効果がないことをわかっていながら、そのことを伏せていたことを知った看護師は、薬剤師に不信感を抱くかも知れません。

 ご家族は十分な情報提供がなされないまま、大切な家族に効果のない抗がん薬が処方され続けていることを知ったら、どう感じるでしょうか? そんなことを本当に望むでしょうか。

◆状況の視点
不十分な情報提供による患者の意思決定は有効と認められない

 不十分なインフォームド・コンセント(IC)によって、患者が誤った判断をした場合、その意思決定は有効と認められません。偏った情報によって不適切な判断をしてしまうことがあると考えられるからです。

 患者の希望であるからと、誤った意思決定に沿った対応を安易にして、最終的に望まぬ結果になったとします。その際、医療者によるICの不十分が原因であったことが判明したなら、法的責任が問われる可能性も十分に考えられます。意思決定には、正しい事実認識が大前提なのです。

◆QOLの視点
効果のない抗がん剤を投与し続けることは患者さんのQOLを上げるのか

  抗がん薬を継続したいと願うFさんの希望が叶えられるように振る舞うことは、一見、FさんのQOLを上げるように感じられます。しかし、ここで忘れてはならないのは、「Fさんは抗がん剤に効果がない事実を知らされていない」という点です。無効果である検査結果を伝えたなら、FさんのQOLは下がるでしょう。しかし、効果がない事実を伏せて、継続的に投与しても、真実がわかったとき、FさんのQOLはそれ以上に大きく損なわれると想像されます。

それぞれの対応は望ましい?

下の図は、さきほど選んでいただいた対応の一覧です。

あなたが選んだ対応が医療者として望ましい対応かどうか、次の記事では5 つの視点から問題を整理し、総合的に判断して、検証をしてみましょう。

【解説】効果のない薬の処方をどうするか?

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