食事が減った高齢者、看取りのサイン?

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ここに提示する症例は、私たちが実際に経験したものです。先生方はこの症例にどのように対応するでしょうか?
選択肢をお選びいただいた後に私たちが行った対応をお示しますが、それが適切だったか否かは分かりません。どういった対応が最も良かったのか、一緒に考えてみていただいたら幸いです。

症例:93歳女性

主訴:食欲不振

現病歴:長らく医療機関にかかっていなかったが、5年前に自宅で転倒。自宅近くの病院を救急受診し、左大腿骨頸部骨折と診断され人工骨頭置換術を施行した。もともと、物忘れを認めていたが、術後にせん妄となり、アルツハイマー型認知症と診断された。そのためリハビリテーションを行ったが歩行獲得には至らず、日常生活動作(ADL)は車椅子レベルとなった。
 その後、緩徐な衰弱を認め、1年前からADLはベット上となり、現在は訪問診療を行っている。会話は成り立たないことも多いが、簡単な質問に対するうなずきや、「はい/いいえ」程度のコミュニケーションは可能である。
 ある訪問診療の際、ご家族から「以前と比べて食べる量が少なくなった」という相談を受けた。
 診察時、意識レベルは普段と変化なく、あらためて行った身体所見でも異常は認めなかった(眼瞼結膜に貧血なし、眼球結膜に黄疸なし、口腔内に所見なし、頸部リンパ節触知せず、心音は整、心雑音なし、腹部に腫瘤触知せず、下腿浮腫なし)。

既往歴:子宮筋腫(43歳時手術)、高血圧(以前は降圧薬を内服していたが現在は中止)、常用薬なし

Q1:介護タクシーで医療機関への受診は可能であった。今後のマネジメントとしてまず行うとしたら何を考えますか。以下から1つ選んで「送信」を押してください。

私たちが選んだ対応

① 面接と身体所見の検索をさらに行う。

 経口摂取量の低下を生じうる疾患は極めて多岐にわたるため、まずは病歴・身体所見で鑑別疾患を挙げることが望ましいと考えました。そして、鑑別診断が想起されない際には、スクリーニングとして②の血液検査を行うことはありうると思います。③の腹部エコーは低侵襲・簡便という点で優れますが、よほど疑われる疾患がない限り、やはり鑑別診断が想起されない際のスクリーニングとして位置付けでしょうか。④の胸部X線も、介護タクシーで受診可能とはいえ、移動の負担と比較して得られる情報が多いとはいえず、現時点での優先順位は高くないと考えました。 ⑤ の認知症終末期として看取りも念頭に置くことは、現時点での情報のみでは、認知症終末期の軌道として矛盾する可能性があると考えました。

【経過1】
 面接と身体所見を、嚥下に関する初期アセスメントを中心に行った。
 食事は目の前に置けばスプーンを自分で持って摂取することが可能で、吐き出したり、口にため込んだりすることはないということだった。また、義歯の調整も良好であった。
 水飲みテストは陰性で、反復唾液嚥下テストは2回だったが、認知症の影響も加味し、嚥下機能は一定以上、保たれていると判断した。
 訪問診療で可能な範囲のスクリーニング検査として採血と腹部エコーも施行した。
 以下のように採血結果は、大まかには基準値以内だった。
 WBC 6,900/μL、Hb 12.2g/dL、Plt 18.0万/μL、TP 5.9g/dL、Alb 3.5g/dL、AST 10IU/L、ALT 8IU/L、γ-GTP 20IU/L、BUN 15.6mg/dL、CRE 0.77mg/dL、eGFR 51mL/分/173m2、Na 131mEq/L、K 4.0mEq/L、Cl 97mEq/L
 ポータブルエコーでは、肝、胆道系、腎に所見を認めず。明らかな腹水はなく、描出範囲内で膵、腸管に異常を認めなかった。

Q2:この時点でのマネジメントは何が考えられますか。以下から1つ選んで「送信」を押してください。

私たちが選んだ対応

⑤ 認知症終末期として看取りの準備を進める。

 一般論として、身体所見は特異度が高く感度が低いものが多いと思われます。一通りの診察をして診断に結び付く所見がなければ、①の面接と身体所見を繰り返すのでなく、緊急度などに応じてスクリーニング検査に進む方がよいと考えました。私たちは、この段階では②の血液検査の意義は高くないと考えていました。
 認知症高齢者において、入院自体が、せん妄やリロケーションダメージといった不利益を引き起こす可能性があります。③の入院を選択することが必ずしも間違いとはいえませんが、やはり、紹介前に、入院による利益の見立てや、Advance Care Planningのプロセスは必須と思われます。

 ④ 体幹部CTは、現時点での検査や経過で悪性腫瘍を疑う所見があれば選択肢になると思われます。本症例では、その可能性は高くなく、なんらかの腫瘍があったとしても積極的治療の希望がなかったため、施行はしませんでした。

 ⑤ の認知症終末期として看取りの準備は、当初この方針を念頭に置きました。しかし後に、追加の病歴・検査にて改善可能な病態が見つかったのです。血液検査の前にcloseな病歴を聴取(味覚の変化を家族が認識しているかなど)することで診断が近づいた可能性はあります。

【経過2】
 認知症終末期の経過である可能性は否定し切れず、本人・家族と相談した。本人は理解に限界があったが、入院を希望しない意思表示した。ご家族は、入院での精査や、胃瘻・点滴などによる人工栄養は希望しなかった。そのため、可能な範囲の経口摂取で経過を見ていくことにした。
 2カ月後、食事量はムラがあるもののおおむね横ばいで経過した。診察時にご家族がふと「最近、味覚が変わってきたようで、好物だったりんごジュースを"苦い"と言っている」と漏らした。この情報から亜鉛欠乏を疑い採血で確認したところ、Zn 49μg/dLと低値だった。

転機
 亜鉛製剤の内服を開始したところ、食事量が以前と同程度まで回復した。りんごジュースも飲んでいるということだった。

結論
 味覚障害と訴えない(訴えることができない)亜鉛欠乏とその結果としての食欲不振の症例

解説
 まず、嚥下機能に対する一定の評価をした上で、医学的にも採血と腹部エコーで大まかなスクリーニングは行いました。患者さんが認知症であり、ベット上のADLであることを考えれば、一定以上の医学的検査を行ったと考えていました。
 一方、歩行障害はありましたが、認知症の軌道としてではなく骨折の影響であり、食欲低下の全てを「認知症の軌道」で説明することには、やや違和感も感じていました。しかし、ご本人、ご家族の意向も踏まえ、可能な範囲の経口摂取で経過を見つつ、看取りの準備も念頭に置いてしまいました。
 経過中、ご家族による「りんごジュースを"苦い"と言っている」という情報から、亜鉛欠乏と診断し、治療可能であったことは幸運でした。病院で画像などの精査しても診断は付かなかったと思われます。
 本症例は味覚障害と訴えない(訴えることができない)、亜鉛欠乏による食欲不振症例といえます。高齢者の慢性安定期の経過中に緩徐な食欲不振が生じた場合、検査負担も考慮に入れつつ、亜鉛欠乏などの「隠れた治癒可能な病態」を見逃さないための、診療のストラテジーが必要であることを痛感しました。
 最後に、私見ですが、高齢者の緩徐な食欲不振の診療ストラテジーをご提案します(表1)。

表1. 高齢者の緩徐な食欲不振の診療ストラテジー(私見)

1. 社会的要因(ADLやIADLの低下、独居、日中独居、介護力、買い物・料理のサポート、デイサービスなどの様子)
2. 義歯の不具合を除外
3. 嚥下機能評価
4. 認知症があれば、その軌道として矛盾しないか
5. 薬剤の影響(ジギタリス、カルシウム・ビタミンD製剤による薬剤性高カルシウム血症、健康食品やサプリメント。ポリファーマシー。減薬)
6. スクリーニング採血〔肝・腎機能、血糖、カルシウムを含めた電解質、必要に応じた血液検査(甲状腺機能、HbA1c 、亜鉛)〕
7. 亜鉛が明らかな低値でなくても、治療的診断として、亜鉛製剤を投与する
8. うつ
9. 基礎疾患に応じたアプローチ 心不全、腎不全

※食欲不振にプラスアルファの症候があれば新たに鑑別診断を設定し、これ以上は、スクリーニングの腹部エコー、慢性感染症(結核など)、悪性腫瘍を検索するかどうか検討します。

Clinical Knowledge

簡便な嚥下機能評価1)

 嚥下機能評価のgold standardは嚥下造影(videofluorography;VF)、嚥下内視鏡です。しかし、透視設備を有する病院においても専門スタッフがいなければ容易には施行できないと考えられる。まず、ベッドサイドで施行可能な嚥下機能評価を確実に行うようにしたいものです。

1. 摂食・嚥下の5期をアセスメントする
 摂食・嚥下には、①先行期(食物を認識する)②準備期(咀嚼して食塊を形成する)③口腔期(食塊を咽頭へ送り込む)④咽頭期(咽頭から食道へ。鼻腔・気道との交通を塞ぐ)⑤食道期(食道から胃へ送り込む)―の5段階があります(表2)
 どの段階の障害がありうるのかをアセスメントする必要があり、これには食事の様子を直接観察することが必要となります。
 ③口腔期④咽頭期⑤食道期は、後述する嚥下機能評価でアセスメント可能ですが、①先行期、②準備期の異常は拾い上げられない可能性があることに留意します。
 先行期では、食欲、嗜好・好き嫌いも踏まえます。その他の障害には認知機能低下による食物の認識障害や注意力低下があります。
 準備期では義歯不良による咀嚼困難が挙げられますが、実際には認知症などで食物のため込み、吐き出しをする患者も多いと思われます。
 自力摂取できなかったり既に嚥下障害を有したりする患者では、嚥下しやすい姿勢(ポジショニング)であるか否か、食事介助の速さをまず確認します。

表2. 摂食・嚥下の5期

① 先行期(食物を認識する)
② 準備期(咀嚼して食塊を形成する)
③ 口腔期(食塊を咽頭へ送り込む)
④ 咽頭期(咽頭から食道へ。鼻腔・気道との交通を塞ぐ)
⑤ 食道期(食道から胃へ送り込む)

2. 簡便な嚥下機能評価

1)反復唾液嚥下テスト(Repetitive saliva swallowing test;RSST)2)
 口腔内を水または氷水で湿らせた後、空嚥下を指示して嚥下運動を観察します。空嚥下を反復するよう指示し、30秒間に何回の嚥下運動ができるかを数え、3回以上を正常、2回以下を異常とすると、嚥下障害に対する感度98%、特異度66%であるとされ、嚥下障害のスクリーニングに有用であるといえるでしょう。

2)水飲みテスト
 水を嚥下させる際に誤嚥の有無や嚥下運動を観察するもので、用いる水分量は3mL、30mL、100mLなどの方法がありますが、嚥下障害が高度と予想される場合、冷水3mLが無難であると思われます。嚥下に要する秒数、むせ、すする、口に含んでしまう、口唇からの水流出、湿性嗄声の有無などを観察し、総合的に評価を行います。

食事と社会的要因

 高齢者では、ADLやIADLの低下、独居であること(日中のみを含む)、介護力など社会的な要因が食事量低下、食欲不振と関係していることがあります。具体的には、買い物・料理のサポートがあるか否かなどです。デイサービスなどでの様子(デイサービスでは食べているなど)は参考になることがあります。

認知症の軌道3)

 認知症を生じる疾患は多数あります、最も頻度が高いアルツハイマー型認知症では、発症から10年程度にわたって緩やかな自然経過(軌道)をたどることが知られています。嚥下障害を呈したり、誤嚥性肺炎を呈したりするのは、高度のアルツハイマー型認知症であることを踏まえ、認知症による嚥下障害であるか否か、慎重に判断する必要があります。

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高齢者の亜鉛欠乏について4)

 高齢者では亜鉛欠乏の有病率はまれではなく、ある報告では高齢者(65歳以上)の25%(カットオフ65μg/dL未満)にも認められたといいます。また、外来通院中よりも訪問診療中の高齢者の方が多いとされ、ある報告では外来通院群の18.9%(24例/127例)に比べ、訪問診療群では55.9%(81例/145例)と有意に多かったとのことです(カットオフ65μg/dL未満)。ただし、これらからは症状(味覚障害や食欲不振など)の有無との関連は不明であることに注意が必要です。
 臨床的には、味覚障害を訴える高齢者や、味覚障害があっても訴えられない高齢者(およびその結果として食欲不振が前景に立っている)では、特に外来通院中よりも訪問診療中においては亜鉛欠乏を念頭に置く必要があるのではないでしょうか。  
 高齢者が味覚障害を訴える場合には、血清亜鉛が正常でも亜鉛内服治療が有効な場合があり、ある報告では約60%で有効であったといいます。 そして、有効であった症例の約60%は、60歳以降であった(70歳代がピーク)と報告されています。血清亜鉛値が60~79μg/dLの範囲においても亜鉛欠乏症状を呈し、亜鉛投与で味覚障害などの症状が改善することもありえるため、基準範囲は80~130μg/dLとすることが適切で、60~80μg/dL未満を潜在性亜鉛欠乏、60μg/dL未満を亜鉛欠乏とすることが推奨されています。
 臨床的には、味覚障害を訴える高齢者や味覚障害があっても訴えられない(および、その結果として食欲不振が前景に立っている)高齢者では、まず亜鉛を測定し、明らかな低値でなくても、治療的診断として、亜鉛製剤を投与することも検討すべきではないでしょうか。
 ただし、亜鉛製剤投与時には銅欠乏(貧血などを来す)となることがあり、適宜、血清銅も測定するようにします。

文献
1)日本耳鼻科学会. 嚥下障害診療ガイドライン2012年版
2)小口和代、他. リハビリテーション医学 2000; 37: 375-382
3)JAMA 2001; 285: 925-932
4)日本臨床栄養学会. 亜鉛欠乏症の診療指針2018
http://www.jscn.gr.jp/pdf/aen20180307.pdf

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