「私はバイ菌みたいです...」

抗がん薬投与中の患者さんにどう対応したらよいか

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

ウィズサポ/株式会社ジョヴィ
川村 和美

 患者さんの望みに応えるか、医師の指示に従うべきか...。"倫理的判断"に迷う場面においては、直感に頼らずそのケースをさまざまな側面から幅広く検討し、より望ましい決定をするというプロセスが重要になります。

 次のケースに遭遇した場合、あなたならどう考えますか?

「私はバイ菌みたいです...」
またその話.png

 私は、勤務4年目の病院薬剤師(28歳)です。

 抗がん薬投与中のJさん(40歳、女性)に服薬指導をしようと部屋を訪れると、Jさんは「私、バイ菌みたいですね...」とつぶやきました。「そんなことあるわけないじゃないですか!なぜ、そんな風に思われたのですか?」と尋ねると、「抗がん薬の投与が始まってから、トイレを二度流すように言われました。トイレのあちこちにも《抗がん薬服薬中の患者さんは二度流してください》と書かれた貼り紙がありますし。抗がん薬を投与されている患者は、存在そのものが害なんですよ。薬剤師さんだって、私の後のトイレは使いたくないでしょう?!」と、言います。

 私はどう説明したらよいかわからず、言葉を失ってしまいました。

あなたならどうしますか?

a_02.jpgJさんだけではなく、入院患者さん全員に従ってもらっている病院の規則なので、どうかご理解いただきたいと丁重にお願いする。
b_02.jpg抗がん薬は効果が高く、Jさんの治療に必要な薬剤である。同時に、毒性を持つため、医療従事者や他の患者さんの健康にも影響を及ぼすことをJさんにわかりやすく説明する。
c_02.jpgトイレの一度流しと二度流しでの被曝の可能性の違いを検証し、その結果から、流す回数を決定する。
d_02.jpg全患者にアンケートを実施し、不満に感じている患者さんが多いなら、トイレ二度流しのルールについて見直す。
e_02.jpg被曝の可能性よりも患者さんが傷ついている事実を重視すべきだと思うので、二度流す必要はないとJさんに伝える。

 あなたは、何番を選択しましたか?あるいは、別の方法を考えたでしょうか。このケースを考える上で大切な、5つの視点から解説していきます。
※(関連記事)倫理的に判断するための5つの視点とは?

5つの視点から考えてみよう!

 このケースを考える上で、大切なポイントを【薬学的な視点】【患の視点】【関係者の視点】【状況の視点】【QOLの視点】の5つから解説していきます。

◆薬学的な視点
抗がん薬は取り扱う医療従事者の健康にも影響を及ぼす

 抗がん薬は、当該患者に高い効果が期待できる一方毒性を有しており、取り扱う医療従事者の健康にも影響を及ぼす薬剤(Hazardous Drugs: HD)です。人体への侵入を防がなくてはならないため、注射用抗がん薬の調製時にはクラスⅡ以上の室外排気型の安全キャビネット内で飛沫を防御できるガウン、手袋、マスク、ゴーグル、キャップなどの個人防護具を着用し、調製にも飛散しないよう細心の注意を払います。抗がん薬投与後48時間までの患者には、排泄物の曝露防止対策を講じるように促されていますが、トイレの二度流しが曝露防止策になるとの報告は見当たらないようです。

(参考)平成25年度学術委員会学術第7小委員会報告「抗がん薬安全取り扱いに関する指針の作成に向けた調査・研究(最終報告)」

◆患者の視点
がん患者である現実を否認したい可能性も

 Jさんは二度流しの必要性は理解しているものの、抗がん薬を投与されている人が厄介者であるかのような扱いを病院がしているとの印象を抱き、悲しんでいます。

 トイレを二度流すよう促されたとき、受け入れ難い説明がなされたのかもしれませんし、トイレに行くたびに目にする貼り紙に苦痛を感じているのかもしれません。がんの治療が受け入れられない、そもそもがんに罹患したことを自体を否認したい可能性もあります。いずれにせよ、Jさんが現在の状況に深く傷ついていることは確かです。

◆関係者の視点
Jさんやご家族の気持ちへの配慮は十分か

 排泄後、二度流しするように伝えたのは医師でしょうか。看護師かもしれません。忙しい業務の中、とりあえず「二度流して」という手続きだけを伝えたのかもしれません。あるいは、他の患者さんに抗がん薬の害が及んではいけないという思いが優先されてしまい、Jさんご本人の気持ちに対する配慮が十分でなかったのかもしれません。

 また、「私はバイ菌みたいな扱いを受けている」と感じているJさんのご家族は、それを聞いてどんな気持ちがするでしょうか。こんなかわいそうな思いをさせてはおけないと考えるかもしれません。

状況の視点
抗がん薬投与中の排泄物の措置について明確なルールはない

 2人に1人ががんに罹患するといわれる時代、多くの病院でがん患者さんの治療をしています。

「抗がん薬安全取り扱いに関する指針の作成に向けた調査・研究」(平成25年度日本病院薬剤師会学術委員会学術第7小委員会報告)では、排泄物に対して何らかの措置を講じるように書かれてはおらず、努力義務のような表現になっています。そのため、抗がん薬投与中のトイレの二度流しは、医療施設によって対応がまちまちのようです。同じ抗がん薬を使っているのに、ある病院では特に対応を求められず、一方の病院では二度流しを強要されたら、患者側としては受け入れ難いでしょう。

◆QOLの視点
がん患者であることによる自己イメージ低下が懸念される

 「私はバイ菌みたい」「存在そのものが害」という気持ちを抱えながら入院している以上、病院のルールに従わなければならないJさんのQOLは極めて低いと言えるでしょう。このルールのために、「がんではない患者や医療者は、私とは違うのだ」と感じることが、疎外感の原因にも繋がっていると考えられます。自己イメージの低下は、病態にもよい影響を与えません。

それぞれの対応は望ましい?

 下の図は、さきほど選んでいただいた対応の一覧です。

 あなたが選んだ対応が医療者として望ましい対応かどうか、次の記事では5 つの視点から問題を整理し、総合的に判断して、検証をしてみましょう。

【解説】抗がん薬投与中の患者のトイレ

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