施設入居者が肺炎になったときのケアとは?

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

ここに提示する症例は、私たちが実際に経験したものです。先生方はこの症例へどのようにアプローチされるでしょうか? 選択肢を選んで頂いた後に私たちが行った対応をお示しますが、それが適切だったか否かは分かりません。どういった対応が最も良かったのか、一緒に考えて頂けますと幸いです。

症例:81歳女性

現病歴:

 アルツハイマー型認知症で特別養護老人ホームに入居中。昨日から39℃台の発熱が出現し、嘱託医の指示で解熱薬を内服し経過を見ていました。しかし、本日も発熱が続き、ぐったりした様子で食事も摂取できないとのことで、嘱託医からの紹介状を持参して総合病院の内科外来を受診されました。

既往歴:

 70歳、腰部脊柱管狭窄症
 76歳、アルツハイマー型認知症(80歳時に現在の施設へ入所)

常用薬:なし
センノシド12mg(便秘時頓用)

ADL:移動 自立歩行可能(杖を使用中だが忘れて歩き出してしまう)
 食事 自立、常食でムセ込みなし
 排泄 自立
 入浴 一般浴(一部介助)
 整容 自立

身体所見:General appearance:車椅子の肘かけにもたれてぐったりした様子、湿性咳嗽あり
 Vital sign:意識JCSⅡ-2(施設職員から見て普段よりはぼんやりしている)、体温37.7℃、脈拍64/分、血圧147/79mmHg、呼吸数20/分、SpO2 96%(room air)
 頭頸部 項部硬直なし、咽頭所見に異常なし
 胸部 心音 整、過剰心音なし
 呼吸音 左下肺野でcoarse crackle聴取
 腹部 平坦軟、自発痛・圧痛なし、腸蠕動音は正常範囲
 背部 両側の肋骨脊椎角(Costo vertebral angle;CVA)叩打痛なし
 皮膚 発赤なし

検査所見:
 血液 WBC 8,300/μL(Neutro 80.3%)、CRP 7.30、BUN 12.6mg/dL
 尿 WBC 1~4/HPF
 胸部X線 左中下肺野に浸潤影あり、肋骨胸膜角は鋭

Q1:上記の経過・所見から、肺炎と診断しました。今後の方針について、先生方はどのように考えられるでしょうか。

私たちが選んだ対応

④一般病棟に入院とし、抗菌薬の点滴治療を開始する

肺炎の重症度判定では、PSI:101点、CURB-65:2項目であり、一般病棟へ入院とし、点滴とアンピシリン/スルバクタムの点滴投与を開始しました。

【経過1】

 第2病日には解熱し、湿性咳嗽はあるものの呼吸数・酸素化は改善傾向を認め、経口摂取量も普段の2/3程度まで回復しました。しかし、複数回の点滴事故抜去が生じ、昨日は病棟内を徘徊しました。

Q2:この時点で、先生方はどのように対応されるでしょうか。

私たちが選んだ対応

④ 時間や場所を伝え、部屋は明るくするなどの環境調整に努める

 せん妄と診断し、意思決定能力も乏しいと考えられました。せん妄に対する薬物投与は行わず、まず環境調整やリアリティオリエンテーションを強化しましたが、病棟内の徘徊は続きました。

Q3:今後の治療について、先生方はどのように対応されるでしょうか

私たちが選んだ対応

⑤ 経口抗菌薬へスイッチし退院とする

 点滴治療により肺炎の経過は良好であるが、せん妄による転倒や認知機能低下のリスクが勝ると判断し、まず点滴は中止としました。第2病日の夜から抗菌薬をアモキシシリン内服へ変更し、第3病日に元の施設へ退院としました。

  退院に当たっては、嘱託医・施設職員にも状況を伝え、症状が悪化して夜間にも喀痰吸引や酸素投与が必要と思われる場合、経口摂取量が低下した際には当院へ連絡いただくことを共有しました。幸い、その後も呼吸状態は安定し、再入院することなく治療を完遂できました。

本症例を振り返る

 施設入居者の緊急入院の原因として、肺炎は大きな割合を占めているといわれています。医療・介護関連肺炎(NHCAP)の増加に伴って診療ガイドラインも作成されていますが、その療養の場については、「総合的に担当医師が判断する」とされており、明確な基準がない現状です。

 本症例は、認知症はあるものの自立歩行が可能であり、転倒や日常生活動作(ADL)低下を避けることも重要なアウトカムと思われました。そのため、全身状態が入院前と同程度まで回復した時点で、入院のデメリットがメリットに勝ると判断し退院の方針としました。退院前に、施設で可能なケア(排痰ケアなど)や再入院が必要となる状態について、施設スタッフと共有したことも、治療の場のスムーズな移行を可能にした要因と考えられます。今後、NHCAPにおいては、抗菌薬のスイッチのみならず、病棟から地域へ施設という場のスイッチも含めた具体的な方策が必要であることに気付かされた症例でした。

Clinical Knowledge

肺炎の重症度分類

 NHCAPにおいては、重症度分類として日本呼吸器学会によるA-DROPシステムが簡便で予後予測が可能であることなどから使用されています。市中肺炎などで用いられるPneumonia Severity Index(PSI)やCURB-65も補助的に用いられています。

A-DROPシステム

24359_tab1.png

〔日本呼吸器学会. 医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン〕

PSI=Pneumonia Severity Index2)

カナダの市中肺炎診療における前向き研究で用いられた指標。点数に応じてクラスⅠ~Ⅴに分類され、一般にⅣ~Ⅴ群は死亡率が高く、入院治療が必要とされている。

24359_tab2.png

N Engl J Med 1997; 336: 243-250)

CURB-653)

英国で作成された基準

24359_tab3.png

(Thorax 2009; 64: iii1-iii55)

高齢者におけるせん妄4,5)

 せん妄発症のリスク因子は、「脆弱因子」「促進因子」「直接因子」の3つに分類されています。「脆弱因子」は準備因子ともいわれ、脳機能の脆弱性を表し、高齢、脳血管障害の既往、認知症などが含まれ、ケアによる介入は困難とされています。「促進因子」は、環境変化や身体拘束、不快な身体症状など発症したせん妄の重篤化や遷延に関わるもので、ケアによる介入が可能なものとされています4)。「直接因子」は、「身体因子」ともいわれ、せん妄そのものの原因となる電解質異常、貧血、薬物の有害作用が含まれ、医学的治療以外では取り除けないものとされています。

せん妄発症のリスク因子

24359_tab4.png

 今回の症例では、入院自体が大きな環境変化であるため、せん妄の「促進因子」といえ、入院の必要性が乏しくなれば、ケアの場を地域へと戻すことも選択肢となったといえます。「直接因子」を主因とした、せん妄の可能性は低いと考え、薬物治療の意義は少ないと考えました。そもそも、せん妄に対する薬物治療のエビデンスは乏しく、せん妄予防および治療を目的として薬物を使用することは(第一選択としては)推奨されないとされています6)

文献
1)日本呼吸器学会:医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療カ?イト?ライン, 2011
2)Fine MJ, et al. A prediction rule to identify low-risk patients with community-acquired pneumonia. N Engl J Med 1997; 336: 243-250.
3)Lim WS, et al. BTS guidelines for the management of community acquired pneumonia in adults: update 2009. Thorax 2009; 64: iii1-iii55.
4)粟生田友子. 高齢者せん妄のケア. 日本老年医学会雑誌 2014; 51: 436-444.
5)Inouye SK et al. Delirium in elderly people.
Lancet 2014; 383: 911-922.
6)寺田整司. 高齢者せん妄の薬物治療. 日本老年医学会雑誌 2014; 51: 428-435.

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