OTC医薬品―どんなふうに販売したらイイですか?- 後編

医療法人社団徳仁会中野病院 青島周一

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

患者さんに自信を持ってOTCをおすすめしたい!論文情報や患者さん対応など、薬剤師による薬剤師のためのOTC解説、最終回です。

薬の無料アイコン今回のお話「OTC医薬品―どんなふうに販売したらイイですか?」

  • ダメ、ゼッタイでは救われないのです
  • 関心の向け方と差別、あるいは区別
  • OTC医薬品との向き合い方
  • 論文から学ぶ

薬の無料アイコン関心の向け方と差別、あるいは区別

 医薬品の有効性や安全性は、どんな視点を持つか、つまり関心の向け方次第で、いくらでも否定的に主張することができてしまいます。「空間除菌」くんだって、ほんのわずかながら効果があるかもしれない。もちろん、「空間除菌」くんを使った全ての人が実感できるような効果ではないかもしれないけれども、100万人に1人くらいは恩恵を受けているかもしれない。その効果を大きいと評価するか、小さいと評価するか、一般的に後者かもしれないけれども、「空間を除菌するなんてナンセンス」というのも1つの意見にすぎません。

 関心の向け方による批判的意見。それは、いじめの構造と似ている側面があります。関心が向いた先にある「差異」に注目すると、人は程度の差はあれ、あるいは意識せずとも差別感情を抱きます。それは「普通」とは違う何かであるかもしれないし、経済的な格差や社会的立場であるかもしれない。

 人は自分と異質なものを受け入れるのが苦手なのです。だから、みんなと同じが居心地が良くて安心だったりします。ほら、一人だけみんなと違う格好をしていると、なんだか浮いている気がするでしょう? 人はマイノリティーを受け入れることに少なからず抵抗があります。「差別はいけない」というけれども、差別という言葉を使っている時点で、既に差別的感情が存在している。

 病気や不健康という概念も差別の一種だと思います。健康を基準として不健康や病気を排除する枠組み、その中で僕たちは治療やケアを考えています。だから医療現場って、やっぱり差別感情の中にある。健康と不健康、それは差別ではなく区別だという批判もあるかもしれません。「差別にはある種の不当性が付きまとうからダメなのですっ!」 そんなふうに言えば、なんとなく説得力もあります。つまり、取り扱いに差をつけるということです。無根拠に不平等的に扱うことこそ差別であり、それは「ダメ、ゼッタイ」というわけです。

 でもでも、全てを平等に扱うことが絶対的に正しいことなのでしょうか。子供と大人に平等の権利を認めた社会を想像してみると、それがさまざまな問題を孕んでいるように思うのです。あるいは犬と人間でもよいでしょう。なかなか厄介な社会問題が引き起こされそうです。

 だから、差別と区別を区別するという考えに惑わされてはいけない気がします。何が正当化され、何が正当化されないのか、一義的には決められないはずです。「人は言葉を使う限り、差別感情を捨て去ることはできないのだ!」と開き直った方がいくらかマシかもしれません。だからといって、差別してもいいということにはもちろんならないのだけれども、少なくとも差別を問題にする人こそが、鋭敏な差別感情を持っているということに自覚的でいたいです。

薬の無料アイコンOTC医薬品との向き合い方

 話がだいぶそれてしましました。ぼちぼちまとめに入りましょう。大事なのは特定の関心にとらわれないということ、多様な価値観から物事を眺めてみるということかもしれません。

 例えば、薬の効果がほとんどないことは、本当に悪いことなのだろうか、ということについて考えてみましょう。國分氏の言う通り、「まったくない」と、「ほとんどない」、ってだいぶ違うと思う。明らかに有効性が全くないのであれば、そもそも商品化する価値は少ないでしょう。一般的には紙粘土に薬としての価値を見いだすことは難しい。かぜをひいたときに紙粘土を食べる人はいないと思います。かぜをひいたとき、僕は紙粘土よりも鍋焼うどんが食べたいと思います。卵をポトンと落としたやつ。そのおいしさに包まれて、体が温まって、なんだか少し症状が和らいだような、そんな気持ちになる。

 この連載を通じて、少しだけ明確になったのは、OTC医薬品は、薬効そのものを取り出してしまっては、それほど顕著な効果を期待できないということ。だから、薬を飲んで「なんだか少し症状が和らいだような、そんな気持ちになることができる」を効果の1つと考えてみることが大切だと思うのです。それこそ、「全くない」と「ほとんどない」の間にある、ふわふわした曖昧な効果の正体かもしれない。それはプラセボ効果と呼ばれる何かかもしれないですけど、僕はこの言葉にならないふわふわした効果を少し気に入っています。それはお守りを手にしたときの安心感に近い。あるいは祈りの先にある希望のようなもの。

 たとえ医学的なエビデンスに乏しかろうが、お守りのように「空間除菌」くんを持ち帰るお客さんに、そのお守り効果を存分に発揮させるにはどうすればよいのか、そして報告されている有害事象を未然に防ぐにはどのような商品説明をしたらよいのか、そうした心がけが本当に大切だと思います。

 薬剤師や登録販売者がOTC医薬品を販売することで健康に貢献する、といえば聞こえはよいかもしれません。でも僕はそうしたことにあまり共感しないのです。健康に貢献するという視点からいえば、栄養豊富な野菜やお魚、肉類をきれいに並べてくれるスーパーマーケットの店員さんだって同じではないの? 

 なんだか医療や医薬品が特別だと感じるのは、それなりに高度な専門知識によって裏打ちされた理論体系があるからであって、僕たちは野菜やお魚、肉類を食べることなくして健康なるものを手に入れることはできません(むろん、栄養学だって超高度な理論体系の上に存在します)。食事をすることは当たり前だけれども、当たり前であるからこそ見えにくいものがあるのです。

 「心身ともに健康に......」、そんなふうに祈ってもらえることで病者の心が救われることもあります。健康に奇跡を望むと、ちょっととんでもない方向に行ってしまうかもしれない。それこそエビデンスが全くない代替医療や怪しげな治療に高額なお金を費やしてしまう恐れもあります。そこにはビジネスというやや悪意めいたものさえ感じてしまう。だから、ちゃんと妥当な情報を伝えることは必要です。でも情報を押し付けてはならないのだと思います。僕たちはエビデンスに示された確率という数字そのものを、生活の中で実感しているわけではないからです。情報は確かに客観的事実かもしれないけれど、それを言葉にした瞬間に発話者の関心が入り込み、主観的な意見に変わっていきます。

 客観的な事実は多くの人と共有可能性を持っているけれど、主観的な意見は共有できるときもあれば対立することもあります。だから、分かり合えないということを前提とすることで、少しだけ窮屈さから逃れられる。思考に余裕ができれば「ほとんど効果がない」と、「全く効果がない」の間に気付くことができるかもしれない。

 そうそう、お守りって暖かい。僕はズボンのポケットにお守りを入れています。大切なお守りなのです。お守りに健康を増進するなんてエビデンスなんてないけれども、僕はお守りを持ち続けるでしょう。それは生きる上での希望の源泉なのです。

薬の無料アイコン論文から学ぶ

 薬剤師のためのOTC医薬品、この連載も今回で最終回です。約2年半にわたる連載にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。思い返せばあっという間の1年半でした。僕がドラックストアでの勤務から離れて、4年近く経とうとしていることにも驚きです。この連載が、OTC販売の現場に立つすべての方のお役に立つことができましたら幸いです。

 最後に、本連載のレイアウト、編集を担当してくださったPharmaTribune編集部のTさんにあらためて御礼を申し上げます。拙い僕の原稿を丁寧に編集してくださり、また時に引用元の原著論文まで確認していただき、細部の修正をしていただきました。本当にありがとうございました。

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【連載コンセプト】
薬剤師、登録販売者のためのOTC連載です。OTC医薬品に対する考え方、使い方について「実践的」に整理します。筆者のドラックストアでのバイト経験と、具体的な薬剤エビデンスに基づき、実際の患者にどうアプローチしていけばよいのか、ピットフォールなどを交えて解説していきます。

【プロフィール】
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保険薬局勤務を経て、現在は病院薬剤師。NPO法人AHEADMAP共同代表。
普段は論文を読みながら医師に対して処方提案などを行っていますが、薬剤師によるEBMの実践とその普及に関する活動もしています。

公式ブログ:思想的、疫学的、医療について
Twitter:@syuichiao89

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