がんゲノム医療に膨らむ期待感と現実

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

研究の背景:がん遺伝子検査を受けた患者の25%が結果開示の記憶なし

"We choose to go to the Moon. ...not because they are easy, but because they are hard."

"私たちは月へ行くことを選択した。...それは容易だからではなく、困難なことだからである。"

 というスピーチで有名な、ジョン・F・ケネディ米大統領(当時)のアポロ計画が発表されたのは、今からおよそ60年前のことである。そのわずか7年後に人類初の月面着陸が成し遂げられたわけであるが、このスピーチに端を発して、"極めて困難で独創的だが、実現すれば大きな革新をもたらす計画"のことを、「ムーンショット計画」と呼ぶようになった。

 2016年1月、バラク・オバマ米大統領(当時)は、がんを撲滅することを目指す、アポロ計画にも匹敵するほど壮大な、「キャンサー・ムーンショット計画」の立ち上げを宣言した※1。これを受け策定されたのが、がん研究の進歩を飛躍的に加速し、10年かかることを5年で実現することを目標に掲げた、「キャンサー・ムーンショット・イニシアチブ」であるが、その重点注力領域の中心に据えられたのが、がんゲノム医療への取り組みであった。

 今年(2021年)は、この宣言から5年経過したことになる。この間、米国では多くの進行がん患者が、劇的に処理能力の高まった次世代シークエンシングによって、多遺伝子がんパネル検査(Large-Panel Genomic Tumor Testing;GTT)を受け、自身の"がんゲノムプロファイル"を入手する機会を得るようになった。臨床医は、このがんゲノムプロファイルを統合・蓄積された膨大なゲノムデータと照合し、人工知能(AI)で支援された解析を行うことで、臓器横断的(tumor agnostic)に、個別化された標的療法や免疫療法に導くという医療が、まさにリアルワールドで拡大している。

 マスメディアにおいては、わずか数種類の薬を飲んだだけでがんが消えてしまった患者が、がんゲノム医療の最前線として紹介され、市場調査会社であるEmergen Research社の予測では、世界のがんゲノミクス市場規模は、昨年の214億米ドルから、2028年では565億米ドルに達する見込みとされ、がんゲノム医療に対する期待感はますます大きなものとなってきている。

 では、がんゲノム医療は、"全てのがん患者が待ちわびた治療"となりえているのだろうか? 実際のところは、がんゲノム医療の入り口となっているGTTには、以下のような多くの特有の課題があることが知られている()。

表. がん遺伝子パネル検査にまつわる患者側からの問題点

(須田竜一郎氏作成)

 がん患者は、しばしばGTTが有する課題について理解が不十分で、非現実的な期待感を抱くことが指摘されており、実際に、"GTTを受けた患者の75%が、検査の有益性を過大評価"し、"53%が害を予想していなかった"とする研究や、"25%の患者が、結果を聞いたことすら覚えていなかった"という研究結果もある(Transl Oncol 2020; 13: 100799JCO Precis Oncol 2018; 2: PO.17.00122)。

 今回紹介する論文は、患者のがんゲノム医療に対する期待感と現実のギャップに着目した研究である。

Patients' Expectations of Benefits From Large-Panel Genomic Tumor Testing in Rural Community Oncology Practices(JCO Precis Oncol 2021; 5: PO.21.00235.

 研究を主導したMaine Cancer Genomics Initiative;MCGI※2のワーキンググループによると、患者のGTTに関する知識水準と、GTTに対する期待感には逆相関の関係が認められたという。

  • ※1「キャンサー・ムーンショット」声明ー米国ホワイトハウスの即時リリース(2016年)
  • ※2 米国メーン州のがん患者が最新の個別化医療を利用できるようにすることを目的とした医療機関の連合体。経済的に恵まれていない同州内のがん患者にも、精密医療や標的治療、臨床試験を提供することを活動指針としている。同州内のほぼ全ての腫瘍科医はMCGIの活動に参加しており、定期的に行われるMCGI Genomic Tumor Boardにアクセスすることができる。日本からも、がんゲノム医療に関するウェブ講習を受講することが可能
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