医師の過労死を防ぐための川口流提言

存在価値ある「医師の労働組合」を組織するには

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研究の背景:国が認めた「過労死レベル」の医師の残業

 あらかじめ断っておくが、私自身は今までに職場環境に不満を感じたことは一度もない。周りの先生たちにもコメディカルの人たちにも恵まれて、充実した勤務医人生を送ることができていることに感謝している。最近では、Doctor's Eyeの公開日には「夜道に気を付けろよ」という暖かいお言葉までかけていただいて、ありがたい限りである。ここでムリクリの掴みのための疑問。医師の夜道は誰も守ってくれないが、医師の労働環境は誰かが守ってくれるのか。

 日本の全医師約32万7,000人の中で、開業医を含む「医療施設の開設者または法人の代表者」は約7万8,000人である。残りの約25万人の大部分、すなわち全国の医師の75%余りは病院などの医療施設の被雇用勤務医である。医師という職業はその専門性・特殊性から、「労働者ではない」といった誤解が今でも根強く残っているようであるが、被雇用勤務医は医療施設内では間違いなく労働者である。事実、2018年に公布された「働き方改革関連法」に関連した「医師の働き方改革」においては、勤務医に労働基準法が適用されることを前提とした議論がなされている。

 しかしながら、問題はその内容である。昨年(2021年)11月に、厚生労働省は地域医療に携わる医師や研修医の残業時間の上限を年1,860時間(月155時間相当)とする省令案を了承した。すなわち政府は医師に対して、労災認定される「過労死ライン」(月80時間)の2倍近くの残業をすることを認めたのである。「医療現場は医師の長時間労働によって成り立っている面が強く、厳しい規制を当てはめれば医療が立ちゆかなくなる」という理由には、医師の労働環境に対する配慮が見られない。「過労死するかもしれないけど、国民や患者の健康のために滅私奉公すべき」という発想はパワハラの域を超えている。

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 当然、日本医師会はこの政府の方針に反論はしているが、例によって効果は見えないし、期待もできない。それどころか、今回のコロナ禍における医師会幹部の非学術的かつ浅慮なメディア発信によって、「医師会は開業医の既得権益を守る圧力団体」というネガティブイメージが社会に固定化されてしまった。その結果、世間では開業医も勤務医も混同されて、医師全体に対する国民の不信感が生まれ、「医療を政治の支配下に置くべき」という世論が誘導された。

 政治による医療支配は医師の過重労働を助長するだけではない。診療報酬は抑えられたまま医師過剰が加速し、近い将来に医師の職業価値は維持されなくなる。多くの医師が抱いている「これまでは大丈夫だったから、これからも大丈夫」という楽観論の根拠は皆無である。

 これらの影響を最初に受けるのは被雇用勤務医である。「過重労働は国が認めている。それをキツいと言うんなら辞めてもいい。代わりはいくらでもいるから」と言われても、誰も助けてくれない時代が到来する。ひょっとすると、もう到来しているかもしれない。

 問題は、医師の労働環境を守る実効性のある「医師の労働組合」が存在しないことである。どんな大病院でも、所属する医師数を考えれば世間的には中小企業であり、その中であえて病院内で労働組合を立ち上げる勇気のある医師は稀有であろう。また、日本医療労働組合連合会(日本医労連)や全国医師ユニオンという組織は存在するが、前者は医師よりもコメディカル主体の組合であること、そして何よりも両者とも共産党カラーが払拭できないことから、これらに加盟する医師は極めて少ない。団結してもその影響力が発揮できる数には程遠い。さらに、これらは医師会とはなんの関係もない団体である。

 今回紹介するのは、中国における13年間の医師の過労死を分析した論文である(Front Public Health 2022; 9: 803089)。

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