暗躍する「応召義務」という名の妖怪

川口流「患者の権利」「医師の義務」考

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

研究の背景:70年繰り返された応召義務に関する的外れな議論

 医療には限界がある。治るものは治るし、治らないものは治らない。これを噛んで含めるように説明しても納得してくれない患者がいる。私の得意の屁理屈も通用しない。最悪の場合、突然モンスター化する。「ネット上での匿名ディスり」程度の、便所の落書きごときものはどうでもいいが、大阪市のクリニックのテナントビル放火事件、埼玉県ふじみ野市の医師射殺・立てこもり事件などで犠牲になった先生方は気の毒で仕方がない。命懸けの診療などあってはならない。診療拒否は医師にとって当然の権利である。

 さて、1949年施行の医師法で定められている「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という法令(第19条)が、70年以上にわたって迷走しながら独り歩きしている。いわゆる「応召義務(応招義務)」という名の妖怪である。

 本来、医師法は公法、すなわち医師の国に対する権利・義務を定めた法律である。したがって、「応召義務」は公法上・行政上の義務で私法上の義務ではない。すなわち、医師が患者に対して直接民事上負担する義務は存在しない。また、医師法には応召義務違反に関する刑事罰も規定されておらず、事実、今まで行政処分を受けたケースは皆無である。すなわち、「患者が診療を要求する権利」も「医師がそれに応える義務」も法的に認められていない。70年間繰り返されてきた「応召義務の範囲」すなわち診療拒否の「正当な事由」に関する議論は、明らかに的外れである。

 当然、こんな実体のない「応召義務」が法令として明文化されているのは日本と韓国だけである。欧米では、緊急事態を除いて医師が患者を診療する法的義務はない。

 さて米国で近年、医療機関の「統合」が加速している。民間企業におけるM&A(Merger and acquisition:合併と買収)である。今回紹介するのは、米国における整形外科医療の提供体制に関する最近の動向を研究した論文である(J Arthroplasty 2022; 37: 409-413)。

川口 浩(かわぐち ひろし)

1985年、東京大学医学部医学科卒業。同大学整形外科助手、講師を経て2004年に助教授(2007年から准教授)。2013年、JCHO東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄センター・センター長。2019年、東京脳神経センター・整形外科脊椎外科部長。臨床の専門は脊椎外科、基礎研究の専門は骨・軟骨の分子生物学で、臨床応用を目指した先端研究に従事している。Peer-reviewed英文原著論文は300編以上(総計impact factor=1,643:2019年6月現在)。2009年、米国整形外科学会(AAOS)の最高賞Kappa DeltaAwardをアジアで初めて受賞。2011年、米国骨代謝学会(ASBMR)のトランスレーショナルリサーチ最高賞Lawrence G.Raisz Award受賞。座右の銘は「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」。したがって、日本の整形外科の「大樹」も「長いもの」も、公正で厳然としたものであることを願っている。

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