医師85%が知らない「セロトニン症候群」総説

付:セロトニン症候群の経験、Libby Zionの誤診ケース、悪性過高熱の経験 、幷:星の王子様、夜間飛行、天空の城ラピュタ、photoreading能力、 陸軍中野学校、花岡青洲の麻酔薬抗コリン剤

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

 最近、セロトニン症候群らしい症例を2例、当西伊豆健育会病院で経験しました。 小生、このあたりのセロトニン症候群とか悪性症候群がどうも今までよく分かりませんでした。そういえば以前、N Engl J Medの総説に「セロトニン症候群」の総説があったなあと探したところこのN Engl J Med2005 Mar17; 352: 1112-1120)のセロトニン症候群(Review Article)にたどり着きました。

 一読して驚いたのはこの疾患はSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)などのなんと単回投与でも起こりうるのであり、死亡にも至り、決してまれな疾患ではないのに、医師の85%はこの疾患を知らない。知らない疾患は診断できないから疫学も分からないというのにはギョッとしました。小生、間違いなく今まで見過ごしてきたことを確信しました。

 Googleで「serotonin syndrome」で画像検索すると、今回のN Engl J Med総説の不気味な絵が必ず出てきます。このセロトニン症候群の絵は、四肢を震わせながら目を見開き散瞳、顔は発汗してせん妄状態(agitation)です。上肢よりも特に下肢で反射亢進、clonusがあり、しばしば高血圧、頻脈で腹音がし、下痢のこともあります。この絵はぜひ、目に焼き付けておくべきだと思います。この絵で症状を覚えておきましょう。

 セロトニン症候群はセロトニン過剰状態です。うつ病はセロトニン、ノルエピネフリン低下状態なのでセロトニンを増やすSSRI、SNRIなどを使用します。だからセロトニン症候群はこれらの過剰投与で起こりますが、単回投与でもあり得ます。治療はこれら薬剤の中止とペリアクチン〔第一世代ヒスタミン(H1)受容体拮抗薬〕によるセロトニン拮抗、セルシンによるせん妄抑制、そして輸液、高熱には冷却などです。ダントロレン不可です。

 一方、悪性症候群はパーキンソンに似た、ドパミンの低下状態です。統合失調と双極性障害はドパミンとグルタミン過剰状態でその治療は、定型・非定型抗精神病薬つまりドパミンD2拮抗薬によりドパミンを減少させます。悪性症候群はドパミンの減少し過ぎでパーキンソンが悪化したような症状です。悪性症候群はドパミンが減った状態、すなわちドパミンD2拮抗薬過剰投与か、抗パーキンソン薬中断で起こります。ですから悪性症候群の治療はドパミンD2拮抗薬中止か抗パ薬再開、筋強剛にはダントロレンです。

 セロトニン症候群(Review Article)N Engl J Med2005Mar17; 352: 1112-1120)最重要点は下記9点です。

  1. セロトニン症候群はSSRI、SNRI単回投与でも発生。ペリアクチンで拮抗、セルシンで鎮静、冷却を
  2. うつにMAOI+合成麻薬投与でセロトニン症候群、死亡の18歳Libby Zionのケース
  3. 医師の85%はセロトニン症候群を知らない。SSRI過剰内服の14~16%で発症する
  4. うつ病はセロトニン、ノルエピネフリン低下。治療はSSRI、SNRI、NaSSA、S-RIMでこれらを増やす
  5. セロトニン症候群はセロトニン作動薬歴と振戦、腱反射亢進、clonus、眼球clonus、>38℃、せん妄、発汗
  6. セロトニン↑は抗うつ薬、MAOI、麻薬、プリンペラン、イミグラン、デパケン、メジコン、ザイボックス、ノービア、高麗人参
  7. 統合失調、双極性はドパミン、グルタメート過剰。非定型抗精神薬SDA、MARTA、DPAなどで減らす
  8. 悪性症候群は抗精神薬過剰か抗パ薬中断でドパミン↓。薬中止か抗パ薬開始、ダントロレン
  9. 悪性症候群は緩徐進行、運動緩慢、固縮、発熱。反射亢進なし、瞳孔正常、GI症状なし

 この原稿をSNSに出したところ、国際医療福祉大学成田病院救急科講師の千葉拓世先生から以下のメールを頂きました。先生は元、米・ボストン中毒センターにいらした方です。

「セロトニン症候群は意外と多く、特にクローヌスをチェックせよ!」とのことです。

『 中毒大好き人間として「セロトニン症候群は意外と多い」というこのメッセージをぜひ強調したくてメールさせていただきました。やかましくてすみません。

 しばしば鑑別に一緒に上がるセロトニン症候群・悪性症候群・悪性高熱症ですが、中毒の患者をボストンの中毒センターで見た感覚からお話すると、こんな違いがあると感じています。(科学的でなくてすみません。ただ、実際の論文を読んでもこの感覚に違いはないと思います。)

 セロトニン症候群は「今週こんな症例が来たんだよね、レジデントの先生にも見てもらおうか、勉強になるから」

 悪性症候群は「おー、今年初めてかな。地方会で発表してもいいかもね」

 悪性高熱症は「だれか今まで経験したことある人いる?もしよかったらどんな感じだったか教えてもらえないかな」(麻酔科ならもう少し経験者多いのかもしれませんが、救急や中毒関連ではほとんど経験者がいないという感じです)

 こんな印象で、セロトニン症候群は本当に意外と多いです。

 セロトニン症候群は診察を丁寧にすれば見つかるけれど、うっかりしていると見逃すこともある疾患で、見逃したままペチジンやリネゾリドやトラマドール、デキストロメトルファン、メトクロプラミドなどセロトニン作用を増強させる薬を投与すると悪化するリスクがあるため、しっかりと認識して対応することが非常に重要な疾患だと思います。認識・診断できなかったことがLibby Zion事件という不幸な結末に繋がっていることも仲田先生のメールを見ていただければ明らかです。もちろんそのおかげで研修医の労働時間制限という正の側面も出てきているわけですが。

 積極的にクローヌスなどをチェックすることで見逃しを防ぐことができると思います。手前味噌ですが拙著でも中毒患者では全員にクローヌスをチェックしてほしいと書きました。5秒で終わる簡単な診察をすることで見逃さずにすむのでコスパは最高です。

 ちなみに、全く本筋から離れますがこの総説の著者であるMichael Shannon先生は黒人で初めてハーバード大学小児科の教授になった先生で、本当に皆から慕われていた先生です。今でもボストンの中毒センターに行ったら大きな写真と彼のトレードマークの蝶ネクタイが飾ってあります。まだ55歳と若かったにもかかわらず2009年に飛行機でアフリカから帰ってきた際に肺塞栓から心肺停止に亡くなったそうで、今でも皆から惜しまれています。

 もう一つ余計なお話ですが、この論文に引用されている印象的な患者の絵はもともと甲状腺機能亢進症を描写するように書かれた絵を転用したそうです。甲状腺機能亢進症などが鑑別に上がるのも当然といえば当然かなと思います。

 ということで、セロトニン症候群は思ったよりも多いのでぜひ皆様中毒の患者さんを 見たときにクローヌスをチェックしていただければと思います。』

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