最近、全国の医療現場では「患者を縛るな」と国から四肢を縛られるという、何とも皮肉な事態が浸透しつつある。その元凶が、厚生労働省が24年前に掲げた「身体拘束ゼロ」という錦の御旗である。 理念の暴走が生んだ「身体拘束ゼロ」の無秩序な拡大 2001年、厚労省は「身体拘束ゼロ作戦推進会議」を立ち上げ、『身体拘束ゼロへの手引き』を世に送り出した。患者の尊厳を損なう拘束は可能な限り避けるべきである。この理念そのものに、異を唱える者はいない。当初、これはあくまで一部の介護保険施設(特別養護老人ホームなど)に見られた「職員の都合最優先・人権軽視」への限定的な是正策だったはずである。 ところが、この高潔な理念はいつしか暴走を始める。明確な根拠もないまま、その適用範囲は医療機関へと無秩序に拡大し、絶対不可侵の教義と化した。2014年には療養病床に、2018年には急性期病棟にと、その支配領域を着々と広げ、そして極め付きは昨年(2024年)度の診療報酬改定である。「身体拘束最小化」が入院基本料の通則に明記され、「対応しなければ減算」というペナルティが導入されたのである。 そもそも度重なる診療報酬の締め付けで全国の病院は赤字経営の淵をさまよっているというのに、この上さらに経営を圧迫するというのだから、もはや厚労行政は、本気で日本の医療を潰しにかかっているとしか思えない。かくして全国の病院は、虎の子の入院基本料を守るべく「身体拘束最小化チーム」や「委員会」の設置という、涙ぐましいアリバイ作りに奔走している。