瞳を閉じて

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

「風がやんだら沖まで船を出そう」という歌詞のあるYumingの歌、やまない風の中で繰り返し歌ったものでした。ヨット旅行で隠岐海峡約60kmを渡るときは長い航海(6~8時間)になります。船酔いがひどくてもヨットから降りることもできません。まだ幼かった娘が波風を怖がるのを紛らわせようと、ともするとひるみそうになる自分自身をも励ましていたのです。

 風が強ければ海はしけ、漁師さんの船は出せないこともあります。当地の漁師さんにはいわゆる"巻き網船団"に属するサラリーマン待遇の方と、自営業の"小漁師"さんがいます。巻き網船団は夕方船員さんが集まって出漁、灯船(ひぶね)で明かりを灯して魚を集め、本船(巻き網船)で囲み、運搬船で境港まで捕れた魚を運びます。

 春が来ても海水温が上がらないと鯛が捕れず、また春の海は穏やかなようで波が高くうねりが残ることもあります。そんなわけで、春は、漁師さんが陸で網仕事にいそしむ姿がよく見られる季節です。 網仕事とは、漁師さんが巻き網漁業で使う網の修理のことです。ポニョやニモが捉えられそうになる、あの船から吊り下げられている網です。風が強くて船を出せない夜が明けた日は、診療所に行くとすぐ目の前の港でカッパ姿の漁師さんが、次の漁に備えて網仕事を頑張っています。魚の臭いにつられてカラスやトンビが数え切れないほど舞っており、下手をすると近くに置いてある自分たちの車も鳥のフンだらけになったりして。

 今回は、印象に残っている漁師の患者さんのお話をします。担当は裕子です。

白石 吉彦(しらいし よしひこ)
 離島総合医。1992年に自治医科大学卒業後、徳島で研修、山間地のへき地医療を経験。1998年に島根県の隠岐諸島にある島前診療所(現隠岐島前病院)に赴任。2001年に同院院長。周囲のサテライトの診療所を含めて総合医の複数制、本土の医療機関との連携をとりながら、人口6,000人の隠岐島前地区の医療を支えている。
 2014年に第2回日本医師会赤ひげ大賞受賞。著書に『離島発 いますぐ使える!外来診療小ワザ離れワザ』(中山書店、2014)、『THE整形内科』(南山堂、2016.5、編集幹事)。

白石 裕子(しらいし ゆうこ)
 離島総合医。1994年に自治医科大学卒業。徳島県立中央病院、徳島大学病院小児科、徳島県立三好病院、西祖谷診療所勤務。1997年に第1子出産。1998年に島根県隠岐諸島・西ノ島の島前診療所に赴任、西ノ島町立浦郷診療所長兼務。2001年に第2子出産。2003年に島根県立中央病院にて後期ローテート研修。2004年に隠岐島前病院に再度赴任、浦郷診療所長を兼務、第3子出産。知夫診療所へ週1回派遣。2006年に第4子出産。2010年に隠岐島前病院小児科長、西ノ島町内の学校医、園医、乳児〜就学時、5歳児健診、予防接種など小児科業務と総合内科、診療所業務、病院業務などを行う。
 2015年に自治医科大学地域医療学教室学外講師地域担当。2015年に第2回やぶ医者大賞受賞(兵庫県養父市)。

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