Natureに対する厚労省の苦しすぎる反論

ステミラックの早期承認問題で

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反論の背景:酷評された日本の再生医療等製品の承認制度

 今回紹介するのは、脊髄損傷治療薬「ステミラック注」の早期承認を酷評した今年(2019年)1月30日付NatureEditorial(誌説)およびNews in Focus(今週の焦点)に対する、厚生労働省による反論のcorrespondence(投書)である。投稿者は、同省医薬・生活衛生局局長の宮本真司氏である。

 Natureの誌説は、ステミラックの承認を俎上に載せて、日本の再生医療等製品の迅速審査・早期承認制度を「premature and unfair(未熟で不公正)」と批判したものである(関連記事「予見された日本の再生医療の"最悪の事態"」)。

 ただ、この話は、もうほとんどの先生がウンザリだと思う。私も、こんな魑魅魍魎が闊歩するような田舎芝居はもう相手にしないで、穏やかな老後を過ごそうと思っていた矢先の5月4日に「NHKスペシャル」という日本を代表するドキュメンタリー番組が、令和時代の幕開けを飾る企画として「寝たきりからの復活~密着!驚異の再生医療~」を放送してしまった(末尾の関連リンク参照)。

 番組では、ほとんどの脊髄損傷は自然に改善していく疾患であるにもかかわらず、あたかも不治の病のように扱われており、臨床現場において患者さんやご家族の混乱を招きかねない。当然、番組の内容にはなんの学術性もない。そもそも学術論文にもなっていない、かつ対照群もないわずか13例の治療群のみの結果で承認された治療法に、学術性を求めること自体が無理である。2人の脊髄損傷患者さんと家族のヒューマンドキュメンタリーにすぎないが、多くの国民が感動したに違いないし、小心者の私などは「万が一、私の反論記事を読まれたら、あの患者さんたちとご家族はどう思うだろう」と心を痛めてしまった。それに加えて、専門家の「天動説から地動説に変わった」というコメントまでブッ込む念の入れようで、フィクション番組の域に達していた。

 ちなみに、その前の週の「Nスぺ:日本人と天皇」は日本の象徴天皇制の危機に切り込み、男系皇位継承に固執する右派大物議員である平沼赳夫氏の将来展望を問い詰めた秀逸な番組であった。ついでに、昨年の「国松長官狙撃事件の独自取材による検証」も素晴らしい内容だった。どうもNHKは社会部と科学部ではジャーナリストとしての意識が違うようである。科学部バージョンの「Nスぺ」は、お得意のCGを見せるためにつくっているのではないかと勘繰ってしまう。元来、NHKは民間療法まがいの情報をまき散らすのが大好きなので、改元程度でその体質が変わることは期待していないが。平成でも令和でも、CGのチコちゃんは元気いっぱいである。

川口 浩(かわぐち ひろし)

1985年、東京大学医学部医学科卒業。同大学整形外科助手、講師を経て2004年に助教授(2007年から准教授)。2013年、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄センター・センター長。2018年、東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長。臨床の専門は脊椎外科、基礎研究の専門は骨・軟骨の分子生物学で、臨床応用を目指した先端研究に従事している。Peer-reviewed英文原著論文は300編以上(総計impact factor=1,510:2018年4月現在)。2009年、米国整形外科学会(AAOS)の最高賞Kappa DeltaAwardをアジアで初めて受賞。2011年、米国骨代謝学会(ASBMR)のトランスレーショナルリサーチ最高賞Lawrence G.Raisz Award受賞。座右の銘は「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」。したがって、日本の整形外科の「大樹」も「長いもの」も、公正で厳然としたものであることを願っている。

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