薬剤師のための健康行動科学/行動変容モデル1(無関心期)

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

国立病院機構京都医療センター臨床研究センター予防医学研究室 岡田 浩

 皆さんは、高血圧や糖尿病の患者さんに、運動や食事などについて頑張っていろいろとアドバイスをしてみても「でもね...」「そうは言っても...」と芳しい返事が得られず、時には言い訳ばかりで生活習慣が変わらない患者さんを経験したことがありませんか?

 私は薬剤師になった時、薬以外のことも薬局で相談されることを経験し、とても驚きました。「間食が止められない」、「体重を減らせと先生に言われているけど...」、「HbA1cが下がらなくて...」といった生活習慣を変えたいのに変えられない患者さんがたくさんいたのです。

 しかし、ちょっとしたアプローチがきっかけで、生活習慣を変える患者さんが一定数いることに気づきました。私は薬局で患者さんに対して様々なアプローチを試すようになり、患者さんの行動変容を促すためには、健康行動科学や動機づけ面接のような医療面接の技法はとても有用である一方、それらを薬局で使うにはちょっとしたコツがあることもわかってきました。

 薬局を定期的に訪れる、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を持つ患者さんの処方内容は、毎回さほど変わりません。そのため、薬局で患者さんと話すことがないとしばしば言われます。しかし、私が全国の70薬局で糖尿病患者を対象に実施したCOMPASS研究(Community Pharmacists assist Diabetes patients intervention study in Japan)では、薬局の薬剤師が服薬指導の際、糖尿病患者に対して3分程度であっても動機づけの支援を行うだけでHbA1cが0.8%も改善していますし、HbA1c0.5%改善の成功率も2倍になることがわかっています。薬局でも患者さんに行動変容を起こすことができるのです。

 そこでこれから患者さんへの上手なアプローチの仕方を連載します。この連載を通じて、慢性疾患を持つ患者さんの生活習慣改善のお手伝いをしてもらえたらと思います。そして、当時の私が経験したように、患者さんから感謝されるという、薬剤師冥利に尽きる経験をたくさんしていただけたら嬉しいです。

ケース1 立って待っている患者さん

50歳代男性、スーツ姿で薬局の待合室で立って待っている。経口糖尿病治療薬(ジャヌビア®、アマリール®)が処方されているが、過去の薬歴には詳しいことはほとんど記載されていない。ジェネリック医薬品は拒否。薬歴の最初の画面に「待てない方なので、できるだけ早く渡す」、「過去に待ち時間が長いとトラブルあり」と記述あり。

失敗例

NGワード、ピットフォール

過去に「早くしろ!」と言われたので、毎回何も言わずすぐに薬を渡す
薬局で「早くしろ!」と言われて何も言わずに薬を渡せば、急かせば薬が早く出てくると患者さんに伝えることになってしまいます。何も言わずに渡すと、薬剤師とも関係性が形成されず、そのことがトラブルのもとになる可能性があります。

「まだまだ、HbA1cが高いですね」
数値の判断などは患者さん自身がするものなので言う必要もないし、わざわざこの時期の患者さんに対して触れる必要もありません。行動変容を押し付けるように感じられる発言は控え、患者さんの状況や考えを聞いてみることが有効です。

「飲み忘れないように気を付けてください」
このようなケースの患者さんには言っても多くの場合聞いていないし、行動変容へはつながらず意味がないのでむしろ言わない方がいいです。指導されていると感じさせるような発言なので、患者さんとの関係性が悪くなってしまうかもしれません。

では、どう対応すればいいの?

成功例

今回の患者さん・・・
無関心期 (問題について考えたり、解決する気持ちがない)

見分け方

 「無関心期」の特徴は「否定的な発言」です。例えば「いいから早くしろ!」や「薬は飲んでいるから!」といったような発言です。注意しなければならないのは、治療行動に対しての「無関心期」だけでなく、薬局に対して「無関心期」でもある点です。つまり、薬局で薬剤師から説明を受けるメリットを感じていない場合、本人は生活習慣を変える意思があっても、否定的な言葉になっていることもあります。

 いずれにしても、薬歴には「早く渡す」や「待てない」といった記述がされていることが多い患者さんです。薬局で立って待っていたり、時計を見ながら待っている患者さんは、本当に時間がなく急いでいる場合もあるのですが、多くの場合、薬局で過ごす時間は「時間の無駄なので一刻も早く薬局を出たい」と考えています。つまり、自分が使う時間の中で薬局の優先順位が低いのです。それは、これまで薬局で薬剤師から受ける説明やコミュニケーションに対し、メリットを感じていないことを反映しています。

対応

(1)声を掛ける

 無関心期の患者さんは、「難しい患者さん」と思われ、すぐに何も言わずに薬を渡してしまいがちですが、それは、「無関心期」というだけで、単に行動変容の時期がまだ来ていない患者さんなので、できれば一言声を掛けてから薬を手渡したいところです。

 薬局に入って来られた時に一言声を掛けておくのもいい方法です。私は、無関心期の患者さんに限りませんが、よく「○○さん、今日も今からお仕事ですか?」とか「○○さん、今日もお急ぎなんでしょう?今日は比較的早くお出しできますよ」と最初に声を掛けるようにしています。声を掛けられて嫌な気持ちになる患者さんはいませんし、この時に話した内容も患者さんの生活習慣や価値観を知るきっかけになるので、薬歴には必ず残して薬局で共有するようにしています。できれば、短時間でも患者さんの現状(独居/同居、仕事や趣味など)を聞いておくようにします。患者さんの生活環境や価値観を知ることなしに、患者さん自ら積極的に治療に参加するための手助けはできないからです。

 また、「早くしろ!」というような態度に対しては、時間がかかる理由を説明して特別なことはしないようにしています。もし患者さんが大きな声を出したからと薬を早く渡したりすると、それは「大声を出せば薬が早く出てくる」というメッセージを患者さんに伝えることになります。また同様に、薬をただ渡すだけでは「自分たち(薬剤師)は薬を早く渡すだけの仕事だ」というメッセージを伝えることになります。必ず一言声を掛けて薬を渡すようにしています。

(2)指導や説得はしない

 無関心期の患者さんには、無理に説得したり、「病気を持っているのだから当然健康的な生活をするべき」という態度で接するとトラブルにつながります。生活習慣を変える気がない時期なので、無理な説得や脅しではなく、短時間の情報提供にとどめます。

 成功例にあるように、時には薬剤師として伝えなければならないことがあります。その時にも、理由と共に情報提供します。無理に行動を変えようと提案や指導をしようとするとトラブルにつながるかもしれません。

(3)現状の把握などノックしておく

 心の準備がまだできていないので、時期が来るまで関係性を維持するような声掛けを続ける(ノックしておく)ことが重要です。時には生活環境などを少し聞いてみる等の働きかけを続けます。

 ここで注意しなければいけないのは、時にこちらからのノックに患者さんが応じてくれたからと薬剤師が指導しようとすると、敏感に患者さんは押し付けられていると感じて、せっかく良くなっていた関係性が壊れることにつながりかねません。焦らず、患者さんの気持ちが揺れる時を待ちます。

(4)時期を逃さない

 慢性疾患患者は長い療養生活を送ることになります。そのため、検査値が悪化して医師から注意されたり、同じ病気の患者さんからの発言などによって気持ちが揺れる時があります。薬局でも患者さんの態度や発言から、このような変化を見逃さず、次のステージへ進めるように支援できることが重要です。

表1 無関心期のDoとDon't


表2 無関心期の見分け方と対応

理論

 行動変容モデル(変化ステージモデル)は、ProchaskaとDiClementeによって提唱され、人の行動が変化するには心の準備段階(レディネス)により以下の5つのステージがあると考えます〈図〉。行動変容は、各ステージを進むだけでなく戻ることもあります。例えば、6カ月以上タバコをやめていた人(維持期)でも、忘年会で1本タバコを吸ったことをきっかけにまた吸い始めてしまうというような事例です。

図 行動変容(変化ステージ)モデル

 行動変容を促すためには、患者さんのステージに合ったアプローチを行うことで効果を高めることができます。つまり、薬局で慢性疾患患者の生活習慣改善の支援を行うためには、患者さんのステージに合わせたアプローチが必要なのです。

  1. 無関心期:問題について考えたり、解決する気持ちがない
  2. 関心期:必要性は感じているが実際の行動変容はない
  3. 準備期:自分なりに始めてはいるが望ましい行動には至っていない
  4. 実行期:行動を変えてみて6カ月以内
  5. 維持期:6カ月以上続いている

 行動変容モデルで重要なことは、人の行動が変わる、変わらないというのは時期(心の準備段階:レディネス)によるもので、その人の特性ではないという点です。薬局でも「あの患者さんはやる気がない人だから」というような会話がされることがあるかもしれませんが、それは時期が来ていない(心の準備が整っていない)ということなのです。つまり、 「できない人」と「できる人」がいるのではなく、時期によって「人は誰でも変わる可能性がある」という点がこのモデルで最も重要なメッセージだと思います。

まとめ

  • 人の行動変化を準備段階で分けた行動変容モデル(変化ステージモデル)というものがある。
  • 慢性疾患患者の生活習慣改善や維持を支援するためには、患者のステージに合わせたアプローチが必要である。
  • 無関心期の患者は療養行動を始めるつもりはまだないので、指導や押し付けにならないように気を付ける。
  • 毎回、短くてよいので声を掛け、患者の生活環境や価値観を知ることにつとめる(ノックしておく)。

参考文献

  1. 岡田浩. 3☆ファーマシストを目指せ!. 東京, じほう, 2013, p65-82.
  2. 岡田浩. 薬剤師のための糖尿病療養指導ガイド. 門脇孝 監, 日本くすりと糖尿病学会編, 東京, じほう, 2012, p231-235.
  3. 岡田浩. 糖尿病薬物療法の管理. 朝倉俊成 編, 東京, 南山堂, 2011, p364-369.
  4. 松原千明. 健康行動理論の基礎. 東京, 医歯薬出版, 2002, p29-36.
  5. 坂根直樹. 質問力でみがく保健指導. 東京, 中央法規, 2008, p61-69.

[PharmaTribune 2015年5月号掲載]

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