薬剤師のための漢方薬講座/漢方薬の力を引き出すには?

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漢方薬の正体をご存じですか?長い歴史と経験から生み出された漢方薬は、病気を治すたけではなく、心身の状態を整える働きがあります。知れば知るほど、神秘的でもあり実践的でもある漢方薬の世界。漢方の生い立ちから特性まで、さらには、漢方薬の適切な使用のために薬剤師が担う役割について、東洋医学のエキスパートである南澤潔先生にご紹介いただきます。

亀田総合病院 東洋医学診療科
南澤 潔 氏

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◆今、なぜ漢方薬なのか

近年漢方薬は広く普及し、医師の約9割が漢方薬を処方している1)と言われています。OTC薬としても人気であり、一見、漢方薬だとはわからない小洒落たネーミングを付けたものも多数出回っています。漢方薬であることを伏せてまで売られるのも、医師の9割が使うのも、その理由は「漢方薬はよく効く」からでしょう。

◆漢方の歴史をたどる

1)漢方医学は科学的?

漢方薬は、自然界が産する様々な草根木皮鉱物などの組み合わせで、大昔の古典を源流に持ちます。数千年前、まだ医学もなにもなかった時代(現代医学の歴史は浅く、抗生物質が生まれて感染症と闘えるようになってからまだ100年にもなりません)、古の人々は愛する人を病から救うため、それこそ命がけで天然の薬石を探しては試したことでしょう。数多くの「人体実験」は、おそらく多くの被害をも出したでしょうが、有効なものも見つけられました。そうして見出された薬効を持つ天然物(生薬)を、やがていろいろ組み合わせて使うようになり、そこからさらに長い年月をかけ有効な組み合わせ(レシピ)を磨きあげて後の世に伝えてきた。2千年ほど前、それらがまとめられた書物の一つが「傷寒論」2で、今の日本漢方の基本となっています。

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漢方医学は、気の遠くなるような長い時間をかけ、おそらく数多くの犠牲を払って磨きあげられてきた経験知の結集に基づいており、世界最古のEBMと言えるでしょう。よく漢方は非科学的だと言われますが、古典には実によく病人を観察していたことが示されています。科学とは、詳細かつ綿密な観察と帰納(事実・経験から一般的法則を導く)と言えます。そうであれば、複雑極まる生体の反応を解明できるだけの科学力がない現代において、生体を観察し、起こっている現象をありのままに受け入れる漢方医学はある意味、実に科学的とも言えるでしょう。

2)現代医学と生体観と独特の仮想概念

一方で、当時の中国の古代哲学、自然観に基づいた独特の理論体系が発達し、そうした理論・思想に重きを置く方法が「中医学」として実践されています。これには気血津液、五臓(臓腑弁証)、陰陽虚実寒熱表裏(八綱弁証)などの仮想理念が含まれますが、いずれにしても生体を心と体を不可分のものとして俯瞰((ふかん))的に眺める点で、現代医学とは大きく異なるアプローチを取っています。この独特の生体観が現代医学では理解不能な症状や病態を改善することに繋がります。ただし、自然科学の発展とともに生理学や病態学が目覚ましい進歩を遂げた現代医学とは異なり、これらを仮想理念に頼る東洋医学はともすると空論に走りがちであることは留意しておく必要があります。

漢方薬処方の問題点

日本の医師数は平成26年で31万人余り3。冒頭で述べたように9割が漢方薬を処方しているとすると、28万人もの医師が処方している計算になります。一方、漢方の主要学会である日本東洋医学会4の平成28年の医師会員数は7,291名、そのうち専門医資格を保持しているのは2,148名です。もちろん学会に入らずとも大変熱心に勉強している医師もいますが、多くの医師にとってほぼ馴染みのない東洋医学ですから、処方している多くの医師にとって漢方はほとんど未知の世界でしょう。つまり、通常の薬に比べて処方医の知識が圧倒的に乏しいのが現状と思われます。それだけに薬のプロである薬剤師に期待される役割は大きいものがあると考えています。

薬剤師に期待すること

漢方薬は基本的に量が多く、味も美味しいものではないなど飲みにくい薬です。「1日3回、食間」など飲み方も煩雑でアドヒアランスの確保に苦労します。飲み方の工夫や服薬時間の調整など、キチンと飲んでもらうための指導や工夫はぜひ薬剤師にお願いしたいことです。

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漢方薬はその普及に比して現場の医師の知識の深化が追いついていないと思われます。つまり、漢方薬の負の側面に対する注意も足りないことが多いことでしょう。漢方薬は人体の状態を変えていくことが出来る、多くの人が思っている以上に「強力な薬剤」です。使い方を誤れば害をなすこともありますし、またアレルギー性の機序などによる副作用も稀ながら、いったん出ると怖いものがいくつも知られています。

また、漢方薬は、それぞれが局所ではなく、人体全体の状態をある方向に変化させていく"ベクトル"のような作用を持っていることが多く、漢方薬同士の相互作用は非常に複雑です。病名や症状ごとに何種類もの漢方薬が漫然と積み重ねられている処方がときどき見られますが、各々の効果がなくなるばかりか、副作用のリスクが高まる不適切な使い方をしている可能性があります。薬剤師が疑義照会をすることで、患者の不利益を未然に防げるケースも少なからずあるでしょう。

参考情報

  1. 日本漢方生薬製剤協会 漢方薬処方実態調査(2011年10月18日)
    http://www.nikkankyo.org/aboutus/investigation/pdf/jittaichousa2011.pdf
  2. 傷寒論. 張仲景著. 中医研究院編. 中沢信三、鈴木達也訳. 中国漢方. 1978.
  3. 平成26年医師・歯科医師・薬剤師数調査の概況(厚生労働省)
    http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/14/dl/kekka.pdf
  4. 日本東洋医学会 
    https://www.jsom.or.jp/

[アクセスは2017年1月13日現在]

◆執筆者◆ 南澤 潔 氏


医学博士
日本東洋医学会 漢方専門医・指導医
日本内科学会  総合内科専門医・指導医
日本救急医学会 救急科専門医 

【ご略歴】
1991年 東北大学医学部 卒業
1991年 武蔵野赤十字病院 研修医
1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科
1995年 諏訪中央病院 内科
1996年 成田赤十字病院 内科
1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科
2001年 富山大学 和漢診療科
2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長
2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長

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