亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 突然ふくらはぎなどの筋肉が痙攣を起こして、激しい痛みに見舞われる"こむらがえり"。地域によっては"からすがえり"、"からすなめり"などとも言うようです。通常は腓腹筋(ひふくきん)から趾(あしゆび)にかけて起こる有痛性筋攣縮をこむらがえりとしていますが、中には手、スネ(前脛骨筋)さらには大腿や腹筋、肩や首などの上半身にまで出現して悶絶する方もいます。ひどい発作の後は数日痛くて動けない、発作が怖くて夜寝たくない......など、患者さんにとって、その痛みはかなり深刻で、QOLをひどく低下させるようです。 目次 漢方薬の二つの顔 本治と標治 標治に用いる漢方 芍薬甘草湯 本治に用いる漢方薬 四物湯・通導散・腸癰湯・疎経活血湯・桂枝加附子湯・桂枝加苓朮附湯・葛根湯・大承気湯 漢方薬の二つの顔 本治と標治 漢方治療では、現在ある症状の根底にある"東洋医学的な異常"を見つけて、それを治療するのが本来のやり方です。このような治療を「本治」といいます。その"異常"は身体のさまざまな不調の原因となっていることが多いので、治療で"異常"を正すことにより、多数の症状が改善することがほとんどです。漢方治療では1つの薬でいろいろな症状が一度に治ると不思議がられますが、それは東洋医学的にはごく当たり前のことなのですね。 →関連記事:漢方イロハ】「本治」と「標治」 日本はまだ弥生時代後漢の医師、張仲景らには「脱水と筋の硬直」の関係が分かっていた!? 日本漢方のバイブル的存在として、紀元200年前後、後漢の時代に張仲景によって書かれた『傷寒論』があります。この中で、桂枝加附子湯が適する状態を示すものとして「発汗、遂漏不止(発汗が過剰に遷延し)、其人悪風(少し寒気を感じ)、小便難(小水が出にくくなり)、四肢微急(四肢が少し引攣れ)、難以屈伸者(曲げ伸ばしがしにくい者)」という記載があります。つまり、日本では弥生時代であった当時から、「汗の出過ぎによる脱水状態」が、筋のこわばりや硬直の原因となることが分かっていたようです。この他にも、全身の筋肉がこわばる病態として「痙」という病態が記されています。 標治に用いる漢方薬 芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は名前の通り、芍薬と甘草の2つの生薬(二味)からなるシンプルな処方です。芍薬の主要薬効成分であるペオニフロリンがカルシウムイオンの移動を抑制し、横紋筋、平滑筋を問わず筋緊張を緩和することが知られています。また、甘草の主要薬効成分であるグリチルリチンは膜安定化作用を有するため(この効果から肝障害やアレルギーの治療薬になっています)、神経の異常興奮を抑制している可能性があります。 芍薬甘草湯の速効性を考えると、通常の漢方薬のように「腸管から吸収され(場合によってはその前に腸内細菌の代謝を受けることもよくある)、血中へ移行して効果を発する」という作用機序とは異なる仕組みがあるのかもしれません。 本治に用いる漢方薬 本治療法としては、血虚治療の基本方剤である四物湯(しもつとう)、瘀血を改善する駆瘀血剤である通導散(つうどうさん)や腸癰湯(ちょうようとう)、瘀血に加えて血虚も改善する疎経活血湯(そけいかっけつとう)などが用いられます。 また前述した桂枝加附子湯の加味方※ 2である桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)が著効した患者さんもいますし、頸部のみならず全身の筋の緊張(「痙」)にも使われる葛根湯や、同じく痙病の治療薬として大承気湯(だいじょうきとう)も有効である可能性があります。 これらの薬は、一見するとこむらがえりに対する適応ではないように見えるでしょうが、これまで述べてきたように、症状の背景にある"東洋医学的な異常"を是正するための、より根本的な治療として処方されるものです。 ※ 2 加味方...基本的な漢方処方に1~数種類の生薬を加えること ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長