OTC医薬品―どんなふうに販売したらイイですか?- 前編

医療法人社団徳仁会中野病院 青島周一

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

患者さんに自信を持ってOTCをおすすめしたい!論文情報や患者さん対応など、薬剤師による薬剤師のためのOTC解説、最終回です。

薬の無料アイコン今回のお話「OTC医薬品―どんなふうに販売したらイイですか?」

  • ダメ、ゼッタイでは救われないのです
  • 関心の向け方と差別、あるいは区別
  • OTC医薬品との向き合い方
  • 論文から学ぶ

 インフルエンザ感染症の流行も、まずはひと段落でしょうか。調剤業務も先月と比較すれば落ち着きを取り戻してきました。とはいえ、すぐに花粉症の季節がやってきます。抗アレルギー薬の在庫を確認しようと調剤室を抜け、OTC売り場にやってきた薬剤師のあなた。目の前の光景が先週と少し異なります。

――何かが足りない。

 そんな違和を感じながらも、売り場をじっと見つめます。そうです、先月まで、うず高く積み上げられていた「空間除菌」くんたちの姿が消えている......。後ろを振り返るとさらに驚愕の光景が......

「マスクもない......」

 レジ近くの売り場に、山のように積み重ねていたサージカルマスクの在庫がほとんどありません。これから花粉症シーズンだというのに、これは大変な事態です。あわてて、卸業者に確認すると、しばらく入庫の予定はないとのこと。どうやら原因は、中国で発生した新型コロナウイルス感染症の拡大によるものだそう。「空間除菌」くんもマスクたちも飛ぶように売れて、需要と供給のバランスが全く釣り合っていないのです。

「こんなことなら、マスクをつくっているメーカーの株でも買っておくべきだったか......」

 新型コロナウイルスの感染拡大で、日本経済が冷え込んでいる中、医療用衛生材料メーカーの株価はうなぎ上り......。そういえば、そんなニュースを目にした記憶が。

【新型コロナウイルス】

 中華人民共和国の湖北省武漢市において、2019年12月以降、新型コロナウイルス(2019-nCoV)関連肺炎の発生が報告1)され、中国を中心に、世界各国からも発生が報告されています。中国国内において、ヒトからヒトへの感染は認められてはいますが2)、その感染力については明らかではありません。日本国内では1月30日12:00現在、9人の感染者が確認されています3)

 新型コロナウイルス症例41例の解析4)によれば、感染者の73%は男性で、糖尿病合併者が20%、年齢中央値は49歳でした。症状は発熱98%、咳嗽76%、筋肉痛・倦怠感44%でした。また、呼吸困難は40 例の患者のうち22例(55%)に発症(病気発症から呼吸困難までの期間の中央値は8.0日)、41例の患者全員に肺炎所見を認めています。

 そんなことを考えている間にも、残りわずかな在庫となった「空間除菌」くんは飛ぶように売れていきます。新型コロナウイルスの感染拡大を告げるメディア報道が繰り返される中、「空間除菌」くんが、新型コロナウイルスにも有効なんて情報がネット上を賑わせているようです。このペースで売れ続ければ、今日の夕方には売り切れてしまうことでしょう。

 この「空間除菌」くんについて、青島とかなんとかいう薬剤師が、twitterに「空間を除菌するなんてナンセンス」と書き込みをしていたのを思い出したあなた。彼が書いたらしい薬剤師向けのウェブサイトの記事5)を読んでみました。論文情報ばっかりが並ぶその記事に、若干のめまいを覚えながらも読み進めていくと、「空間除菌」くんの有効性を示唆した文献の多くが実際的な生活環境をシミュレートしていないこと、その臨床的な有効性について質の高いエビデンスは限定的だということが書かれていました。

【「空間除菌」くんの有効性を示唆したエビデンスに対するツッコミ】

(参考文献5より)

  • ☑ 二酸化塩素ガスを用いた空間除菌商品の効果は、使用環境中の相対湿度に大きな影響を受ける
  • ☑ 微生物の除去に「効果あり」とする論文報告の多くは湿潤環境下での実験的研究であり、冬季の生活環境とは大きなギャップがある。
  • ☑ 実際の生活環境を想定した研究では、ウイルスの不活化効果は明確ではない。

「効果が期待できないとはいえ、あからさまな害がなければ、使ってもよいのではないかい?」

 そうつぶやいたあなたは、そのままインターネットで「空間除菌」くんに関する有害報告について調べてみました。思うように検索できなかったのか、それとも本当に報告がないのは分かりませんが、目についたのは1歳児の誤飲事故によるメトヘモグロビン血症6)の報告くらいで、論文化された症例報告を見つけることはできませんでした。また、長期的な健康への影響を集団間で比較したような疫学的な研究の報告もなされていないようでした7)

――誤飲して危険なものって「空間除菌」くんだけじゃないし、そもそも薬の効果って、実はそれほど顕著なものでもないよね。

 これまでOTC医薬品の論文情報をそれなりに検索し、苦手な英文情報と格闘しながらも有効性や安全性について考えてきたあなたはそう感じています。総合感冒薬や鎮咳薬だって、大した効果も期待できない一方で、症例レベルでは有害事象の報告は多々あったりします。

【総合感冒薬の有害事象】

 市販の風邪薬は手軽に購入でき、比較的安全と考えられているかもしれませんが、さまざまな有害事象が報告されています。厚生労働省医薬食品局が発行している医薬品・医療機器等安全性情報2012年8月の報告8)によれば、平成19~23年度の5年間に製造販売業者から報告された一般用医薬品の副作用報告数は計1,220例で、薬効分類別の副作用症例数は、総合感冒薬404例、解熱鎮痛消炎薬243例、漢方薬132例でした。このうち死亡例は24例で、主な内訳は総合感冒薬12例、解熱鎮痛消炎薬4例、漢方薬2例でした。また後遺症が残った症例は計15例で、主な内訳は総合感冒薬8例、解熱鎮痛消炎薬2例、カルシウム剤2例と報告されています。

 主な死因としては中毒性表皮壊死融解症、肝障害、間質性肺疾患、スティーブンス・ジョンソン症候群、ライ症候群、喘息発作重積、代謝性アシドーシス、間質性肺疾患でした。報告件数は製造販売業者から報告されたものであり、医薬品による副作用と死亡との因関係が不明のものを含んではいますが、軽視することもまた難しいでしょう。

 安全性の高いイメージが強い小児用の「塗る風邪薬」 ヴェポラップ®でさえ、重度の呼吸困難をきたした症例が報告9)されていますし、蜂蜜のような子供が大好きな食品だって、1歳未満の乳幼児が食べた場合には乳児ボツリヌス症の危険があります10)。突き詰めれば生きていることそのものがリスクなのです。どんなに健康といわれるような状態であったとしても、交通事故で大けがをしてしまうかもしれません。

 どんなリスクがどれほど想定されるのか、その程度は薬やサプリメントから受ける恩恵と比べてどうなのか。そうしたバランスを偏りなく考えていくことが大切です。有害事象ばかりに関心を向けると、その関心にとらわれてしまって広い視野を失ってしまうのではないでしょうか。だってほら、有害事象だけを強調するなら、車を運転しないほうがよいですし、飛行機だって乗らない、お酒もたばこもやらないほうがよいということになるでしょう?

薬の無料アイコンダメ、ゼッタイでは救われないのです

 関心って面白いと思います。たとえば、近年話題のポリファーマシー。いや、もはや時代遅れだよ、という指摘もあるかもしれません。とはいえ、2010年代に急速に関心が高まったことは事実でしょう。だって、2015年には「高齢者には不適切な薬だから減らすことを考えようガイドライン」ができたり、Amazonで「ポリファーマシー」と検索すると、ポリファーマシーの本そのものがまさに、ポリファーマシー状態です。でも、ポリファーマシーなんて言葉がある前から多剤併用はあったし、関心の高まりとは裏腹に、その割合はあまり変化が見られません11)言葉が関心をつくり、関心が認識の在りようを規定していく、そんな側面があります。

 「空間除菌」くんだって、開発担当者にとっては、まさに画期的な感染対策手法であり、これが実用化されれば多くの人を感染症から救える、そんな期待に満ちあふれていたに違いないと思います。それは世の中に出回る多くの医薬品についても同じでしょう。何も毒をつくろうとして薬をつくっているわけではないのです。

 いやいや、むろん例外もあるかもしれません。それはネオシーダー®の名で販売されている鎮咳去痰薬です。ネオシーダーとは、微量のニコチンおよびタールを含有する指定第2類医薬品です。その歴史は古く、1959年から販売されているそう。たばこのような形状をしており、使用方法もタバコの喫煙方法と全く同じであるが故に、まさにたばこといっても差し支えない気もしてしまいます。当然ながら、使用可能年齢もたばこと同じく20歳以上です。

 ネオシーダーは、その使用により含有するニコチンが体内に移行することが知られており、また、ニコチンへの依存性から長期連用を引き起こしていたとみられる事例が2 例報告されています12)。約半世紀にわたりこうした商品が販売され続けているということと、「空間除菌」くんのリスク・ベネフィット。両者を比較してみると、なんとなく関心の向け方が偏っているように感じてしまうのは僕だけでしょうか。「空間除菌」くんをダメ、ゼッタイとしてしまうと、医薬品を含むいろいろな商品もダメ、ゼッタイになってしまう気がします。

 そうそう、依存といえばコデインを含有した咳止めの乱用は一般メディアでも広く取り上げられ、関心を集めましたよね。とはいえ、依存って日常にありふれている現象だと思うのです。もちろん社会的に許容できるか否か(つまり法的な問題)、という線引きはあるのだけれども、例えばスマホ依存とかネット依存とか......。人は多かれ少なかれ何かに依存しているのだと思います。依存することで、孤独を、不安を、寂しさを和らげ、そして安心や幸せ、希望を手にすることができる。依存について、医師の松本俊彦氏は『薬物依存症』という本で、以下のように述べています。

『依存症とは、本質的に「人に依存できない」人がなる病気 ...(中略)... 単に「人に依存できない」病なのではなく、安心して「人に依存できない」病である。(薬物依存症 シリーズ ケアを考える、筑摩書房、2018、p323)』

 孤独が痛みを増加させ、その痛みを緩和させるために、"ヒト"ではなく"モノ"に依存していく。それがたばこであれアルコールであれ、薬物であれ......。そうした観点からあらためて禁煙補助薬13)や栄養ドリンク14)について考えてみると、「ダメ、ゼッタイ」という究極の視点だけでなく、さまざまな観点から考察ができそうです。

 そもそも「ダメ、ゼッタイ」って、誰でも簡単に口にできる単純な線引き基準、そうは思いませんか?それはある種の思考停止ではないかとさえ思います。ポリファーマシーだって、薬を減らしたほうが「ほとんど良い」けど、「ゼッタイに良い」じゃない。「ほとんど」と「ゼッタイ」の間を考えるって、ものすごく大切です。文脈は全然異なりますが、哲学者の國分功一郎氏は『原子力時代における哲学(犀の教室)」という本で、脱原発における「ほとんど」と「ゼッタイ」に関する興味深い考察をしています。

『核廃棄物が出るし、コスト高であるから原発は廃止すべきだ、という議論でほとんどいいと思っています。ですが、ほとんどいいとは思いますけれど、それで本当に十分かというと何か違う気がするわけです。どこかに、何かを考えないようにしている問題があるんじゃないか。どうしてもそういう疑問が残ってしまう(原子力時代における哲学、晶文社、2019、P165)』

『気になるのは、誰でもすぐに口にできるような基準を持ってくることそのものの問題点です。そのような基準には「これさえ知っておけば脱原発を主張できるんだ」というドクトリンのようなものになってしまう危険性がないでしょうか。つまり、自分自身で考えないための支えになってしまう危険がないでしょうか(同書、P267)』

 健康のために、喫煙は「ダメ、ゼッタイ」では、なかなかうまくいかないのかもしれません。禁煙指導によって、人が健康的な生活を送ることができる、というのはある種の幻想だと考えた方がよいとさえ思います。禁煙補助療法を実施した人でも少なくない確率で喫煙は再開されるし15, 16)、人の行動や依存的心理を他者がコントロールできるなんてかなり難しい。たばこの本数を減らして17)、たばこの力も借りながら、自分で生活を工夫しつつ、何かいい方向に向かっていくことができれば、それでよいのかもしれません。

次のページでは、OTC医薬品との向き合い方をより深く考えます

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