消滅に追い込まれた糖質制限反対論

反対論者を自縄自縛にするNHS、HPFS論文

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

研究の背景:欧米でNo.1に推奨される糖質制限食は長く安全性について議論されてきた

 2019年、米国糖尿病学会(ADA)は糖質制限食を血糖改善のエビデンスが最も豊富にある食事法であるとし、地中海食など他の食事様式を患者の嗜好などのために採用するとしても、それらの食事様式においても糖質制限を適応させるべきだとした(Diabetes Care 2019; 42: 731-754)。2022年には欧州糖尿病学会(EASD)もそれに追随している(Diabetologia 2022; 65: 1925-1966)。

 しかし、ADAが糖質制限食を糖尿病治療のための食事療法として採用するようになったのは、2019年からわずか11年前の2008年の食事療法勧告が最初であり(Diabetes Care 2008; 31: S61-S78)、2006年の食事療法勧告ではエビデンスが不足していて糖質制限食を採用できないと明記していた(Diabetes Care 2006; 29: 2140-2157)。

 私自身が糖質制限食に興味を抱いたのも2008年のことであり(N Engl J Med 2008; 359: 229-241、関連記事「体重コントロールに対する低炭水化物食や地中海食の意義」)、倫理委員会に諮問の上、北里研究所病院で糖質制限食を採用したのが2009年であった。その後、2014年に糖質制限食とエネルギー制限食とのHbA1cに対する効果を比較したランダム化比較試験(RCT)を発表し(Intern Med 2014; 53: 13-19)、さらに2018年に糖質制限食には推奨できる根拠はあるが、エネルギー制限食には根拠がないことを、日本人2型糖尿病患者を対象とした臨床試験のシステマチックレビューで確認し、現在に至っている(Nutrients 2018; 10: 1080)。

 今では、多くの医師会の先生方から糖質制限食の指導法を教えてほしいと講演に招いていただいているが、時々聞かれるのが「糖質制限食は長期的には生命予後を悪化させるといわれている。安全性は大丈夫なのか」という質問である。

 私は糖質制限食の長期安全性(9年間)を確認した論文を投稿準備中であるが、こうした糖質制限食の長期安全性への懸念には理由がある。それが2010年に発表されたNurses Health Study(NHS)、Health Professionals Follow-up Study(HPFS)の結果である(Ann Intern Med 2010; 153: 289-298)。

 この米・ハーバード大学が行っている有名なコホート研究において、糖質摂取の少ない方から多い方に十分位に分けると、糖質摂取の少ない群で死亡率が高かったという内容が、米国内科学会の機関誌Ann Intern Medに報告されたのである。ただし、この研究では、糖質摂取が少ないときに代替で動物性蛋白質・動物性脂肪を摂取していると死亡率が高くなっているものの、植物性蛋白質・植物性脂肪を摂取している場合には死亡率は低くなっていた。すなわち、なんらかの交絡因子の存在が明らかであり(後述するが、動物性で代替するか、植物性で代替するかも、因果関係に関わっていない。よって、この場合は交絡ではなく交互作用なのだが、未知の交絡因子が存在するのも明らかであり、概念として理解しやすい交絡因子という用語にさせていただく)、この論文を基に糖質摂取の多寡が死亡率に直接的に寄与していると因果関係で解釈することは不可能である。しかし、糖質制限反対論者は好んでこの論文を引用し、糖質制限食は長期的には死亡率上昇のリスクがあると喧伝してきたのである。

 このたび、そのNHS、HPFSのデータから、2型糖尿病に対象を限定すると糖質摂取の少ない群で死亡率が低かったという報告がADAの機関誌Diabetes Careに報告された(Diabetes Care 2023; 46: 874-884)。すなわち、一般健常者と2型糖尿病患者では、糖質摂取の多寡と死亡率との関係性が異なっていたのである。

 この論文の内容をご紹介し、糖質制限反対論者が(その理論構築のために採用してきたNHS、HPFSが糖質制限支持論文を出してきたことから)自縄自縛になっていることをお伝えしたい。また、2型糖尿病患者という代謝学的な弱者に、一般健常者という代謝学的な強者において問題のない三大栄養素比率をそのまま当てはめることはできないという、よくよく考えてみれば当たり前のことを読者の先生方と共有し、最後に糖質制限反対論者の先生へのお願いを記載する。

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