研究の背景:強心薬から神経体液抑制療法へ、ジギタリス製剤の立ち位置の変遷 ジギタリス製剤は、18世紀末に英国の医師William Withering氏がジギタリスの葉の抽出物を心不全患者に用いたことに端を発し、20世紀を通じて心不全治療の中心に位置してきた。心収縮力を高めると同時に、房室伝導を抑制し心拍数を整えるという独自の薬理作用により、長らく「心不全と心房細動の両方に効く薬」として重宝されてきた。今から30年ほど前、私のレジデント時代には、上司から心不全治療薬の三種の神器として「ジギ(ジゴキシン)・エース(ACE阻害薬)・ラシックス(一般名フロセミド)」と教え込まれたことを覚えている。 しかし1990年代以降、ACE阻害薬に加えアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬などの神経体液性抑制療法が登場し、「心不全治療の主役は強心薬から神経体液抑制薬へ」と大きく転換した。強心薬による短期的な血行動態改善が、長期的には死亡率増加につながる可能性も指摘され、ジギタリスの臨床的位置付けは揺らいでいった。 その中で発表されたのが、DIG試験(N Engl J Med 1997; 336: 525-533)である。左室駆出率(LVEF)45%以下の慢性心不全患者6,800例を対象にジゴキシン(0.25 mg/日)とプラセボを比較した結果、全死亡率には差がなかった〔34.8% vs. 35.1%、リスク比(RR)0.99、95%CI 0.91~1.07、P=0.80、図1-上〕。しかし、心不全による死亡リスクはジゴキシン群で低下する傾向が見られ(同11.6% vs. 13.2%、0.88、0.77~1.01、P=0.06、図1-中)、心不全増悪による入院は有意に抑制されることが示された(同26.8% vs. 37.9%、0.75、0.66~0.79、P<0.001)。全死亡+心不全増悪による入院も有意に抑制された(同30.6% vs. 34.7%、0.72、0.69~0.82、P<0.001、図1-下)。この試験は、「ジゴキシンは生命予後を延ばさないが、心不全の悪化を抑える」という臨床的メッセージを残し、その後の心不全管理に大きな影響を与えた。 図1.DIG試験解析結果 (N Engl J Med 1997; 336: 525-533) 一方、ジギトキシン(国内では販売中止)はジゴキシンと構造が類似するが、より脂溶性が高く、腎排泄にほとんど依存しないため、腎機能低下例でも比較的安定した血中濃度を維持できる特徴を持つ。欧州では古くから臨床使用されてきたが、これまで二重盲検ランダム化比較試験(RCT)による有効性評価は行われていなかった。 この空白を埋めるため、現代の治療下でのジギトキシンの有効性と安全性を検証する目的で実施されたのがDIGIT-HF試験(N Engl J Med 2025; 393: 1155-1165)である。