原因不明の悪心・腹痛で登校できない高校生

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 ここに提示する症例は、私たちが実際に経験したものです。先生方はこの症例へどのようなアプローチをされるでしょうか?
 選択肢を選んでいただいた後に私たちが行った対応をお示しますが、それが適切だったか否かは分かりません。どういった対応が最も良かったのか、一緒に考えていただけますと幸いです。

症例:16歳男性

主訴:悪心・腹痛

現病歴:

 生来健康な高校1年生。2週間前から食事をすると悪心・腹痛が出現するため、母親と外来を受診した。食直後から数時間で腹痛・悪心が生じ、食事量が普段の3分の1程度に低下しているという。食事を取らなければ症状はなく、嘔吐や排便習慣の変化はない。高校では、保健室で休んでいることが多くなり、現在は高校を休んでいるという。

既往歴:特記事項なし、学校健診で異常指摘なし

常用薬など:市販薬・サプリメントを含め特になし

生活背景:高校では吹奏楽部に所属しており、学業成績は中の上。いじめにあってはいない(本人から聴取)。両親・姉との4人暮らしで、家族関係は良好(本人から聴取)。

身体所見:身長160cm、体重43kg、BMI 16.8。意識清明、目を合わせて穏やかに話す。腹部平坦かつ軟、心窩部に軽度圧痛を認めるが、腸蠕動音の減弱・亢進を認めず。その他、身体所見にて特記すべき異常を認めない。

Q1:この時点で血液検査を行うこととしましたが、その他に考えられる検査計画として、先生方はどのように考えられるでしょうか。以下から1つを選んで「送信」を押してください。

私たちが選んだ対応

④血液検査と腹部超音波

 本症例では、血液検査と腹部超音波を行いました。

 血液検査では、カルシウムを含めた電解質などのスクリーニングを行いました。副腎不全による嘔気など、比較的まれな疾患に対する血液検査〔コルチゾル、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)〕は含みませんでした。

 母親からは強い検査希望があったので、まず低侵襲である腹部超音波を行うことで了解を得ました。器質的疾患の除外には上部消化管病変の検索の必要性があると考えましたが、若年であり病歴・身体所見から可能性は低いと考えました。

 基礎疾患を有しておらず、年齢的にも機能的疾患も考えました。経過を見つつ、適宜、上部消化管内視鏡を行い、所見がなければ機能性ディスペプシア(functional dyspepsia; FD)の範疇と捉えることも念頭に置いていました。

 腹部レントゲンは、腸管病変を疑っていなかったこと、被爆のことも念頭に施行しませんでした。

・血液検査

WBC 5,000/uL、Hb 14.0g/dL、Plt 20.0万/uL、TP 7.5g/dL、Alb 4.0g/dL、AST 12IU/L、ALT 13IU/L、γ-GTP 16IU/L、BUN 14.0mg/dL、CRE 0.80mg/dL、Na 136mEq/L、K 4.2mEq/L、Cl 98mEq/L、Ca 9.9mg/dL

・腹部超音波検査

 肝臓、胆道系、膵臓、腎臓、脾臓に所見を認めず。

 腸管の拡張は認めず。大動脈-上腸間膜動脈の分岐角は12°で上腸間膜動脈症候群の疑いとの所見。

【経過1】

 本人・母親へ検査で上腸間膜動脈症候群の疑いがある旨を説明し、まずは食後の腹臥位や胸膝位を行ってみることを提案し了承を得ました。薬剤としてはドンペリドン、モサプリドを使用しました。

 しかし、症状は持続し、4週間経過を見たが通学は再開できませんでした。体重は43kgを維持していました。本人からは嘔気をなんとかしたいという希望が聞かれ、母親からは症状改善が乏しく学校へ行けないことに対する焦燥感が強くなっていました。担当医は正直、困ってしまいました。

Q2:次のマネジメントとして、先生方はどのように考えられるでしょうか。以下から1つ選んで「送信」を押してください。

私たちが選んだ対応

④消化器内科へコンサルトする

 症状の改善が得られていない状態が続いており、母親の意向も踏まえ、次の手を打つべき時期と考えました。上部消化管内視鏡は本人が希望せず、入院すると高校をより長く休むことにつながると考え、外来で可能な方法を考えました。

 超音波所見も勘案し、まずは身体的なアプローチと考え、母親の希望もあり消化器内科へコンサルトの方針としました。

【経過2】

 消化器内科にコンサルトしたところ、消化器内科医は腸瘻造設を勧めました。その直後に受診した際、母親は「ぜひその処置を受けさせたいので、すぐに入院させてほしい」と強くおっしゃられました。本人はどちらとも言わずうつむいていました。

Q3:次のマネジメントとして、先生方はどのように考えられるでしょうか。以下から1つ選んで「送信」を押してください。

私たちが選んだ対応

④精神科へコンサルトする

 腸瘻造設に伴う侵襲は大きいと考えました。症状が持続しているとはいえ体重は保たれ、電解質異常も認めない状態であり、この時点で一度精神科を受診することを強くお勧めし、本人・母親の了解を得ました。

【経過3】

 精神科へコンサルトしました。精神科医との面接では、「友人と遊びに行った際にアイスクリームを食べた後、悪心・腹痛が出現し、友人の前で嘔吐しそうになり、友人の前で吐いたらどうしようと心配になった」というエピソードを契機に症状が出現している可能性が判明しました。本人は、精神科医師から「今後も、悪心が出ることもあるだろうが、友人の前であっても対処法はある。恐れなくていい」とアドバイスを受けました。

 その後、食事を食べても症状は出なくなり、問題なく経口摂取できるようになりました。そして、通学を無事再開することができました。患者の表情などから、担当医は患者の心が軽くなったように感じ、安堵しました。

本症例を振り返る

 まず、若年者における悪心など消化器症状は、心理的要因の影響を受けやすいことを踏まえた診療をもっと行うべきでした1。心理・社会的なアプローチが不足していた感も否めません。精神科へのコンサルトも、より早期にするべきであったかもしれません。また、上腸間膜動脈症候群という前提でのマネジメントを行ってしまい、あくまで除外診断であるにもかかわらず、患者に対して、上腸間膜動脈症候群という"新たな疾患"をつくってしまうことになりかねませんでした。

 本症例は、検査前確率としては上腸間膜動脈症候群が高いとはいえず、腹部超音波の所見に"引っ張られ過ぎた"と省察するところです。検査はいかなる際も、詳細な病歴聴取や身体所見である疾患を疑った際に、的確に行う必要性があることを痛感しました。

結論

心理的要因による悪心・腹痛

Clinical Knowledge

上腸間膜動脈症候群(superior mesenteric artery syndrome:SMA症候群)

 SMA症候群は、上腸間膜動脈性十二指腸閉塞症ともいわれる。その病態は、十二指腸水平脚が大動脈とSMAに圧迫されて生じる通過障害であり、原因としてるい痩による腸間膜脂肪の減少、腰椎前弯などがいわれている2。症状は嘔気・嘔吐の他、仰臥位で増悪する腹痛が特徴的とされる。

 検査所見として腹部立位単純X線で胃泡と十二指腸球部のガス像によるdouble bubble signが特徴的とされるが、十二指腸閉塞症を来す他の病態の鑑別が重要となる。腹部CT検査や十二指腸造影検査などによるSMAと大動脈による十二指腸水平脚の圧迫とその近位部の拡張は本症の診断に有用とされ2)、本症例の超音波所見でも認められたが、症状出現時以外では明らかではないことも多い2。本症では大動脈とSMAの分枝角度(aortomesenteric angle)が狭小化しており、大動脈造影でそれを証明すれば診断は確定的とされるが侵襲的である2)。腹部超音波検査ではSMAと大動脈を同一の平面像として描出でき、その位置関係が捉えやすく本症の診断に有用とされる。上腹部正中縦断像でSMAと大動脈を同時に描出し、その分岐角(健常者37±12度)が鋭角になるほど、特に20度以下では本症候群が強く疑われるとされる3

小児・思春期・青年期における悪心と心理的要因1

 ある総説によれば、青年期を含む成人における研究結果も踏まえ、不安などの心理的要因と悪心には強い関連があるとされている。そして、青年期の慢性的な悪心では、社会的障害・学校生活の困難さなどと関連があるという。背景となる病態生理として、自律神経系からのフィードバックにより、視床下部-下垂体-副腎系を通じてサイトカインが放出するという仮説が知られている。

文献
1)Functional Nausea in Children. J Pediatr Gastroenterol Nutr 2016; 62: 365-371.
2)花井洋行、他.上腸間膜動脈性十二指腸閉塞、日本臨床・別冊、消化管症候群、pp238-241、1997
3)兼高武仁、他.SMA症候群(上腸間膜動脈性十二指腸イレウス)、実践エコー診断、日本医師会雑誌特別号 2001; 126: S223

山本理子
2015年山梨大学医学部卒業。
町田市民病院にて初期研修。現在、日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療研修プログラムの後期研修を行っている。

木村 琢磨
埼玉医科大学総合診療内科/HAPPINESS館クリニック。
長野県生まれ。東邦大学医学部卒業,国立東京第二病院(現国立病院機構東京医療センター)で初期研修,国立病院東京医療センター総合診療科で後期研修,国立病院機構東埼玉病院総合診療科、北里大学医学部総合診療医学・地域総合医療学などを経て現職。

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