亀田総合病院 東洋医学診療科南澤 潔 氏 消化器症状と一言でいっても幅が広く、前回取り上げた"便秘"も広い意味では消化器症状(下部消化管症状)に含まれます。今回は患者さんからの訴えが多い胃痛、胸焼け、食思不振といった上部消化管症状に対して使われる漢方薬について考えてみます。 目次 本治に用いる漢方薬 ◆食欲不振四君子湯 六君子湯 十全大補湯 人参養栄湯 人参湯 茯苓飲 ◆胃痛黄連解毒湯 三黄瀉心湯 半夏瀉心湯 安中散 呉茱萸湯 人参湯 標治に用いる漢方薬 ◆食欲不振補中益気湯 六君子湯 十全大補湯 人参養栄湯 ◆胸焼け六君子湯 二陳湯 茯苓飲 半夏瀉心湯 建中湯類 半夏厚朴湯 茯苓飲合半夏厚朴湯 ◆複数の漢方薬併用に注意 本治に用いる漢方薬 ◆食欲不振四君子湯 六君子湯 十全大補湯 人参養栄湯 人参湯 茯苓飲 脾虚はしばしば食欲の異常(多くは食欲不振、時に異常な亢進)を伴いますので、食欲不振がある場合には、脾虚がないかを確認します。脾の機能低下は気血水の「水」の代謝低下を伴うことが多く、上腹部でポチャポチャと音がすることが診察でも確かめられる場合があります(振水音)。 このような場合には茯苓(ぶくりょう)や白朮(びゃくじゅつ)といった生薬が用いられます。四君子湯(しくんしとう)はまさに、これらに上述の人参と、諸薬を調和させるとされる甘草を加えた四種の生薬からなる処方です(現在はさらに大棗(たいそう)、生姜(しょうきょう)を加えています)。六君子湯(りっくんしとう)や十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)は四君子湯を含み、人参湯(にんじんとう)や茯苓飲(ぶくりょういん)も類縁処方です。 脾虚があると、気の産生低下から気虚の状態になります。だるさや疲れやすさ、やる気が出ないなどといった症状を伴うことがほとんどです。このような状態の治療に用いられる漢方処方には、人参や白朮、茯苓が含まれていることが多いものです。 最近は六君子湯の科学的研究が進んでいます。主に胃から分泌される食欲増進ホルモン、グレリンの生成と受容体増加を促し、その作用を強化するという薬効が報告されています。研究対象である六君子湯にエビデンスが集中していますが、脾虚に対して用いられる処方、いわゆる「補脾剤(ほひざい)」であれば、多かれ少なかれ同様の効果があると思われます。 他方、食欲不振を「五臓」の「相生相剋(そうせいそうこく)」で考えると肝は脾を抑えるという理屈になります。ここまでくるとちょっと屁理屈に聞こえますが、実際に何かに激しく怒っているとき、空腹を忘れることは皆様も経験があるのではないでしょうか?このような場合、認知症の治療で有名になった抑肝散(よくかんさん)で食欲が改善したりすることもあります。 相生相剋のような東洋医学の理屈は難解で、一見、現代に生きるわれわれにとっては受け入れ難いでしょう。しかし、東洋医学は丁寧な人間観察から見いだされた事実に即して成立しているので、案外、現代でもうなずけることは少なくありません。 ◆胃痛黄連解毒湯 三黄瀉心湯 半夏瀉心湯 安中散 呉茱萸湯 人参湯 上腹部の痛みでは、例えばお酒の飲み過ぎなどで「胃に熱が入った」病態(舌に白~黄色の厚めの苔が出やすい)があります。症状に応じて、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)や三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などが用いられます。 安中散(あんちゅうさん)は逆に、「胃が冷えた(寒が入った)」ために痛む場合に用いられます。呉茱萸湯(ごしゅゆとう)や人参湯も胃を温める作用の強い処方です。 標治に用いる漢方薬 ◆食欲不振補中益気湯 六君子湯 十全大補湯 人参養栄湯 補中益気湯や六君子湯が頻用処方となります。十全大補湯や人参養栄湯も用いられるようです。ただ、この2つには生薬の地黄(じおう)が含まれていますが、時に胃もたれや胃痛を来すことがあります。かえって食欲不振の原因にもなりうるので慎重な経過観察が必要です。また、麻黄の入っている漢方薬も胃痛や吐き気の原因となることがあります。 ◆胸焼け六君子湯 二陳湯 茯苓飲 半夏瀉心湯 建中湯類 半夏厚朴湯 茯苓飲合半夏厚朴湯 病態に応じて胃熱を取る処方や、温めたり腸管の蠕動を正常化させて胃内停滞時間を改善するような方剤、例えば六君子湯や二陳湯(にちんとう)、茯苓飲(ぶくりょういん)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、時には建中湯類なども用います。 GERD、NERDのある方は、胸焼けだけでなく、耳鼻科的には異常の見つからない喉の詰まり感を訴えることも多くあります。その場合は半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)なども適応になります。 ◆複数の漢方薬併用に注意 対症的に用いられる場合、何種類もの漢方薬が単純に足し算され、同時に処方されやすいので、甘草の重複には特に留意が必要です。また漢方に限らず薬剤性の消化器症状は意外とありますので、繰り返しになりますが、薬剤師の先生方の適切なチェックと処方提案に期待しています。 ◆執筆者◆ 南澤 潔 氏 医学博士日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本内科学会 総合内科専門医・指導医日本救急医学会 救急科専門医 【ご略歴】1991年 東北大学医学部 卒業1991年 武蔵野赤十字病院 研修医1993年 富山医科薬科大学(現 富山大学)和漢診療科1995年 諏訪中央病院 内科1996年 成田赤十字病院 内科1999年 麻生飯塚病院 漢方診療科2001年 富山大学 和漢診療科2006年 砺波総合病院 東洋医学科 部長2009年 亀田総合病院 東洋医学診療科 部長