どんな薬剤が考慮できる? 前置きが長くなりましたが、感染性胃腸炎に対して考慮できる市販薬はそれほど多くありません。下痢の症状があったとしても、下痢止めを使うことは推奨されません2)。ウイルスや細菌の排泄を妨げ、感染症を持続させてしまうためです。感染性胃腸炎では、ロペラミドと同等の止瀉作用がある正露丸もお勧めできません18)(前述のように、アニサキス症では状況によって考慮可能)。 基本的な治療は、脱水を予防するための水分補給であり、どうしても薬剤を服用したいというケースでは整腸薬(プロバイオティクス製剤)、あるいは漢方薬が考慮されるでしょう(表3)。 表3 感染性胃腸炎時に考慮できる薬剤 治療の基本は水分補給 治療の基本となるのは、薬剤ではなく水分補給です。一般的には、スポーツドリンクやOS-1のような電解質維持液が推奨されます。ただし、電解質維持液がどうしても苦手という方は、自分が飲みやすいもので水分を補ってもらえれば問題ないと思われます。 胃腸炎を発症し、軽度の脱水を来した6~60カ月の小児647人を対象としたランダム化比較試験19)では、経口電解質維持液群と比べて、希釈リンゴジュースを飲んだ群では治療の失敗(入院や点滴、予定外受診、症状の遷延、割り付けの変更、3%以上の体重減少や明らかな脱水)が少ないという結果が示されています(表4)。 表4 小児の胃腸炎における水分補給 <div style=" clear: both; margin: 15px 10px; font-size: 81.25%; line-height: 1.5; text-align: left;"> 参考文献19を基に筆者作成 整腸剤(プロバイオティクス)の効果 感染性の下痢症におけるプロバイオティクス(ヒトに有益な効果を与える生きた微生物)の有効性を検討したシステマティックレビュー(解析対象63研究8014例)20)が、2011年に報告されています。下痢持続期間の減少(平均差24.76時間[95%CI 15.9~33.6]) 、4日以上の下痢持続リスク低下(相対危険0.41[95%CI 0.32~0.53])、1日2回以上の排便頻度減少 (平均差0.80回[95%CI 0.45~1.14])という結果でした。 2013年には、急性下痢症を発症した5歳未満の小児を対象としたランダム化比較試験8研究のメタ解析21)が報告され、プロバイオティクス投与で下痢の期間が14%(95% CI 3.8~24.2)減少、 排便頻度も13.1%減少(95% CI 0.8~25.3)することが示されています。 2015年には、小児ロタウイルス感染症に対するプロバイオティクスの有効性を検討したメタ解析(解析対象14研究1149例)22)が報告されています。 解析の結果、プロバイオティクス投与群で下痢持続時間の減少が示されました(平均差:-0.41[95%CI-0.56~-0.25])。 錠剤や顆粒が服用しにくければ、プロバイオティクスを含有した乳酸菌飲料やヨーグルトでもよいと思います。ちなみにGoogleで「"乳酸菌飲料""ノロウイルス予防"」と検索すると、"乳酸菌飲料でノロウイルス感染症の予防効果が期待できる"といった記事が見つかりますが、日本の介護老人保健施設に入所する高齢者を対象とした研究23)では、その予防効果について明確な結果は示されていません。 漢方薬ってどうなの? 小児の下痢症に対するハーブの有効性を検討した質の高い研究は、現段階で報告されていません24)。吐き気のある胃腸炎に対して柴胡桂枝湯が使われるケースもありますが、筆者がPubMedやGoogleを検索した結果、2018年7月現在において、感染性胃腸炎に対する漢方薬の有効性を検討した質の高いエビデンスは存在しませんでした。漢方薬が苦手な人に対して、積極的に勧めるべき根拠はありません。 感染症は経過を見ることが大切 感染性胃腸炎の経過は良くなるか、悪くなるか、そのどちらかのケースがほとんどです。今回のようなウイルス感染症が疑われるケースでは、適切な水分補給がなされた場合、経過は良好で重篤化する心配はほとんどありません。しかし、状態が徐々に悪化しているようなケースでは、医療機関の受診が必要です。OTC医薬品の販売後は、状態の変化に十分注意するよう説明することが大切だと思います。 なお、制吐薬はOTC医薬品として市販されていませんが、嘔吐を抑制し、点滴や入院リスクを低下させることが示されています25)。嘔吐がひどくて、水分補給がままならない場合、医療機関受診を勧めた方がよいように思います。 【参考文献】 1) Chow CM, et al. Clin Exp Gastroenterol 2010; 3: 97-112. PMID: 216948532) Elliott EJ. BMJ 2007; 334: 35-40. PMID: 172048023) Pires SM, et al. PLoS One 2015; 10: e0142927 PMID: 266328434) 東京都感染症情報センター.ノロウイルスによる集団胃腸炎の発生・拡大への不顕性感染者の関与.東京都微生物検査情報(月報)2005年11月.[2018年7月24日アクセス]5) 東京都健康安全研究センター.くらしの健康.広がるノロウイルス食中毒.[2018年7月24日アクセス]6) Crum-Cianflone NF. Curr Gastroenterol Rep 2008; 10: 424-431. PMID: 186276577) Silva J, et al. Front Microbiol 2011; 2: 200. PMID: 219912648) Horn BJ, et al. Euro Surveill 2013; 18. pii: 20602. PMID: 241287009)東京都感染症情報センター.感染性胃腸炎の流行状況(東京都2017-2018年シーズン).2018年7月18日.10) Barclay L, et al. Clin Microbiol Infect 2014; 20: 731-740. PMID: 2481307311) Toyoda H, et al. Case Rep Gastroenterol 2016; 10: 30-35. PMID: 2740309912) 山本馨、他.日本医科大学医学会雑誌 2012; 8: 179-180.13) Audicana MT, et al. Clin Microbiol Rev 2008; 21: 360-379. PMID: 1840080114) 川元真、他.日本腹部救急医学会雑誌 2013; 33: 1047-1050.15) Sekimoto M, et al. Hepatogastroenterology 2011; 58: 1252-1254. PMID: 2193738916) Iwata K, et al. Clin Infect Dis 2015; 60: e43-e48. PMID: 2569774017) Glass RI, et al. N Engl J Med 2009; 361: 1776-1785. PMID: 1986467618) Kuge T, et al. Clin Ther 2004; 26: 1644-1651. PMID: 1559848119) Freedman SB, et al. JAMA 2016; 315: 1966-1974. PMID: 2713110020) Allen SJ, et al. Cochrane Database Syst Rev 2010; (11): CD003048. PMID: 2106967321) Applegate JA, et al. BMC Public Health 2013; 13 Suppl 3: S16. PMID: 2456464622) Ahmadi E, et al. Caspian J Intern Med 2015; 6: 187-195. PMID: 2664489123) Nagata S, et al. Br J Nutr 2011; 106: 549-556. PMID: 2152154524) Anheyer D, et al. Pediatrics 2017; 139. pii: e20170062.. PMID: 2856228125) Fedorowicz Z, et al. Cochrane Database Syst Rev 2011; (9): CD005506. PMID: 21901699 【連載コンセプト】薬剤師、登録販売者のためのOTC連載です。OTC医薬品に対する考え方、使い方について「実践的」に整理します。筆者のドラックストアでのバイト経験と、具体的な薬剤エビデンスに基づき、実際の患者にどうアプローチしていけばよいのか、ピットフォールなどを交えて解説していきます。 【プロフィール】 保険薬局勤務を経て、現在は病院薬剤師。NPO法人AHEADMAP共同代表。普段は論文を読みながら医師に対して処方提案などを行っていますが、薬剤師によるEBMの実践とその普及に関する活動もしています。 公式ブログ:思想的、疫学的、医療についてTwitter:@syuichiao89