緑膿菌に溺れる気管支拡張症に吸入抗菌薬

吸入シプロフロキサシンのORBIT-3、ORBIT-4試験

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研究の背景:吸入抗菌薬はまだまだ開拓中

 吸入抗菌薬に関して言えば、以前CONVERT試験という難治性肺M. avium complex(MAC)症に対する吸入アミカシンの臨床研究を紹介したが(「肺MAC症に究極の治療法が誕生」)、今回紹介するORBIT-3試験およびORBIT-4試験は、気管支拡張症に対する吸入シプロフロキサシンのリポソーム製剤の臨床試験である(Lancet Respir Med 2019年1月15日オンライン版)。

 世は吸入抗菌薬の時代か、と言われればそうなのかもしれない。呼吸器感染症に対する点滴抗菌薬は一定の効果が得られるものの、臓器で代謝された後に肺に効果を発揮するため、投与量は制限されてしまう。それ故、有効な肺胞濃度が得らないこともある。しかし、吸入抗菌薬であれば、全身への影響を最小限にしながら呼吸器系の微生物学的アウトカムを改善できるかもしれない。このロジックは喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対する吸入薬と同じである。プレドニゾロン錠を毎日内服することは容認し難いが、吸入ステロイドを毎日吸入することに抵抗のある医師はほとんどいないはずだ。

 気管は解剖学的に脆弱な組織であることから、吸入製剤を連続曝露させることで長期の悪影響が懸念される。しかし、リポソームは脂質で構成されているため、安全性の懸念が極めて低い。あわよくば、傷害された組織粘膜を修復する材料にすらなるかもしれない(これには異論があるが)。故に、今回取り上げるシプロフロキサシンにリポソーム製剤が用いられたのである。

 気管支拡張症に対する吸入抗菌薬は、嚢胞性線維症という疾患で長らく検討されてきた。故に、現在国内で販売されている唯一の吸入トブラマイシンであるトービイ吸入液(ノバルティスファーマ)も、「嚢胞性線維症における緑膿菌による呼吸器感染に伴う症状の改善」に対して保険適用される。嚢胞性線維症を有さない、いわゆる特発性気管支拡張症の患者に対して使うことができる吸入抗菌薬ラインナップは現在何もない。施設によっては、もしかするとアミノグリコシドをどうにかネブライザー吸入できるように工夫されているところがあるかもしれないが、基本的に保険適用外であり、現状の保険診療では堂々と吸入抗菌薬を実施できないのが現状である。

 呼吸器内科医をやっていると、無治療でよいと思う軽症の気管支拡張症から、慢性的に緑膿菌の感染による喀痰に苦しめられている重度の気管支拡張症まで幅広く診療する。やはり後者に対しては、どうにかしてあげたいと思うのが医師の性である。毎月のように緑膿菌性肺炎を繰り返し、何度も抗菌薬を点滴されている気管支拡張症患者を診ていると、どうにかできないものかとやきもきする。

 非嚢胞性線維症の気管支拡張症であっても、最もエビデンスがあるのは吸入トブラマイシンである。緑膿菌の菌量を減らす効果(Am J Respir Crit Care Med 2000;162(2 Pt 1):481-485)や、入院を減らす効果がある(Ann Pharmacother 2005;39:39-44)。

 今回紹介するORBIT-3、ORBIT-4試験で検証されたのは、吸入シプロフロキサシンである。ORBIT試験よりも前に報告されていRESPIRE-1試験(Eur Respir J 2018 ;51: 1702052)では、ドライパウダー型の吸入シプロフロキサシンを用いることで、気管支拡張症患者の初回増悪までの期間がプラセボよりも有意に延長した。しかし、同条件で行われたもう1つのRESPIRE-2試験では、この差は統計学的に有意ではないと結論づけられている(Eur Respir J 2018 ;51: 1702053)。2017年の欧州呼吸器学会(ERS)のガイドライン(Eur Respir J 2017 ;50 : 1700629)では、複数回増悪を起こす非嚢胞性線維症の気管支拡張症患者に対しては吸入抗菌薬を条件付きで推奨しているものの、具体的にどういうレジメンが最も望ましいかについては踏み込んでおらず、まだまだエビデンスが少ないことが世界的に課題とされている。

倉原 優 (くらはら ゆう)

国立病院機構近畿中央呼吸器センター内科医師。2006年、滋賀医科大学卒業。洛和会音羽病院での初期研修を修了後、2008年から現職。日本呼吸器学会呼吸器専門医、日本感染症学会感染症専門医、インフェクションコントロールドクター、音楽療法士。自身のブログで論文の和訳やエッセイを執筆(ブログ「呼吸器内科医」)。著書に『呼吸器の薬の考え方、使い方』、『COPDの教科書』、『気管支喘息バイブル』、『ねころんで読める呼吸』シリーズ、『本当にあった医学論文』シリーズ、『ポケット呼吸器診療』(毎年改訂)など。

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