1章 おしっこの作られ方と役割
2013年04月22日 18:00
「ごみの溶け込んだ水」―おしっこは、一言で言えばそうなります。全身の細胞で使われた老廃物やホルモンといった"ごみ"の溶け込んだ水がおしっこだからです。この章では、私たちが飲んだり食べたりした水分が、体内でどのような過程を経てごみが溶け込んでいる水、すなわちおしっこになるのか、なぜおしっこをするのか、そして、おしっこが出せなくなったらどうなるのか、やさしく解説します。
おしっこはもともと血!
私たちが飲み物や食べ物から摂取した水分や栄養は、腸で吸収された後、血液とともに全身を巡り、細胞へ(図1)。細胞が活動した結果、老廃物が生まれ、血液によって腎臓に運ばれます。腎臓は、ソラマメのような形をした、長さ12センチ、重さ150グラムほどの臓器です(図2)。体にとって不要となった老廃物は腎臓でより分けられ、尿管、膀胱(ぼうこう)、尿道を経て(「尿路」といいます)、おしっことして排泄されます(図3)。一方、血液は、腎臓を通過することできれいになり、全身へ戻ります。
糸球体はごみ処理場
「老廃物は、腎臓でより分けられる」と一言でいいましたが、このとき腎臓の中では何が起こっているのでしょうか。腎臓の構造を押さえながら、詳しく見ていきましょう。
血液は、腎動脈を通って腎臓に入ってきます(図2)。腎臓は腎糸球体とそれに続く尿細管から成る「ネフロン」と呼ばれる構造の集合体です。皮質に腎糸球体があり、皮質と髄質にまたがって尿細管が走っています(図4)。
糸球体は、毛細血管が糸くずのように絡まった直径0.2ミリ程度の塊で、腎臓一つにつき、およそ100万個もあります(図5)。腎臓に入ってきた血液は、輸入細動脈という細い血管を通って、糸球体へ勢いよく流れ込みます。
糸球体毛細血管には、毛細血管内皮細胞と足細胞に挟まれた「基底膜」というふるいの働きをするバリアのような層があります(図6)。血液中の赤血球などの細胞や大きなタンパク質はここを通過できませんし、比較的小さなタンパク質でもあるアルブミンも基底膜の外側にある足細胞がバリアとなって通過できません。しかし、アミノ酸やナトリウムなどの小さな物質や水分といった老廃物は全てこれらのバリアを通過して、「ボーマン腔(くう)」という隙間へ落ちていきます。いわば、糸球体は、血液中の不要な老廃物をまとめて捨てているごみ処理場のようなところです。
糸球体を通過して染み出た、老廃物を含む水は「原尿」と呼ばれ、普段、私たちが目にするおしっこの原料となります。原尿は1日に150~200リットル(およそドラム缶1本分!)も作られます。もし、原尿がそのままおしっことして体外に出てしまうと、私たちは干からびてしまうことでしょう。そうならないのは、原尿のほとんどは再び血液へ戻されるからです。元のところに戻るなら、なぜ、わざわざ糸球体を通過するのでしょうか。「尿細管」にその答えがあります。
尿細管はリサイクル工場
糸球体でろ過された原尿は、一時的に「ボーマン嚢(のう)」という袋にたまり、その後尿細管へ流れていきます(図4)。尿細管は体にとって必要な物質を原尿の中から選び出し、その約99%を再吸収します。例えば、私たちが大量に汗をかいてナトリウム(塩分)不足になってしまったとき、体ではナトリウムを補充することが必要になります。このとき、尿細管は原尿の中のナトリウムをいつもより多く吸収します。そして、再吸収されたナトリウムは、腎静脈を経て、全身の細胞へ戻っていきます(図2)。
体の環境を一定の状態に保つために、尿細管は原尿からそのときに必要な成分を選び出し、その99%をリサイクルしているのです(図7)。
おしっこの誕生
では、原尿の残りの1%はどうなるのでしょうか。1%は体にとって必要のなくなった「ごみが溶け込んだ水分」、つまりおしっことして排泄されます。尿細管を通過した1%のおしっこは腎盂(じんう)に集まり、尿管を通って膀胱にたまります(図3)。膀胱におしっこがたまるとトイレに行きたくなり、私たちはおしっこをするのです。水分を摂取してからおしっことして外に出るまで、3~6時間といわれています。
腎臓は体の恒常性を維持している
腎臓はおしっこを作るほかにも、赤血球の産生を促すホルモンを作ったり、血圧を維持したり、骨を丈夫にするのに大切な役割を果たしているビタミンDを作ったりしています。これらはすべて体内の環境を一定に保つこと(ホメオスタシス=恒常性の維持)を目的に行われていることです。体の恒常性を維持するためのシステムに異常が生じたら、どうなるのでしょうか。体内の環境に、さまざまな影響を与えます。
例えば、体内の細胞が活動することによって発生する酸には毒性があるため、体の外に捨てる必要があります。そのため、私たちは呼吸やおしっこで酸を捨てています。恒常性の維持機能により、私たちの血液のpH(水素イオン指数、酸性・アルカリ性の程度)は7.4とほぼ中性に近い弱アルカリ性が保たれるよう、厳密にコントロールされているのです(図8)。しかし、何らかの理由で腎臓の働きが低下して酸が捨てられなくなると、血液は酸性に傾き、吐き気や嘔吐(おうと)、疲労感といった症状が出現します。pHが0.1でも酸性に傾くと意識の低下が起こり、死に至ることもあるのです。
腎臓に働くカフェインや利尿薬
逆に、外部から人為的に腎臓に働き掛ければ、私たちの体内では、それに応じた変化が起こります。例えば、コーヒーに含まれるカフェインは、糸球体の血管を広げる作用を持っています。糸球体の血管が広がると、その分、流れ込む血液の量が増えて、そこでろ過される血液量も増えます。すると、原尿の量が増えますので、結果的に排泄されるおしっこの量が増えます。コーヒーを飲むとおしっこが近くなる理由はここにあります。
また、尿細管でのナトリウムの再吸収量を減らせば、血液へ戻る水分の量が減り、体内を循環する血液の量が減少、その結果、血圧が下がります。高血圧の治療に使われる利尿薬(降圧利尿薬)は、この仕組みを利用しています。
新しい国民病、CKD
腎臓が働かなくなる病気を「腎不全」といいます。腎不全になると、体内の恒常性維持機能に異常が起こり、尿毒症や心不全など、命に関わるさまざまな病気にかかってしまいます(図9)。こうなると、「血液透析療法(人工透析)」が必要になります(図10)。透析では、腎臓が行っている、老廃物の除去、電解質の維持、水分量の調節といった働きを人工的に行います。
日本では近年、この透析患者が増加しています。肥満や高齢化、ストレスなどによって糖尿病、高血圧といった腎機能の低下につながる病気が増加していることが原因と考えられています。現在、日本には約30万人の透析患者がいるといわれ、年々増えています。
透析患者の医療費は、1カ月当たり約40万円、1年で約500万円もかかります。日本の1年間の全医療費(約30兆円)に占める透析医療費の割合は、3~4%(約1兆円)といわれています。年々増加する透析患者の存在は、医療経済面からも大きな問題です。
そこで、タンパク尿があったり腎機能が低下する病気を、一括して「慢性腎臓病(CKD)」と呼び、病気の進行を予防しようという動きが活発になってきました。CKDを早期に発見し治療に取り組めば、腎不全、透析導入へ至る道を断ち切ることができるからです。現在、日本のCKD患者は1,300万人と推定されています。
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ごみをあされば病気を発見できる
おしっことは、恒常性を維持するために不要になったごみが溶け込んでいる水です。このことは、普段はごみとして出されないはずのものがおしっこの中に出てきたら、恒常性を維持するシステム、つまり腎臓の機能に何らかの異常が起こっていることを意味します。
では、実際に"不法投棄されたごみ"は、体について何を語るのでしょうか。次章は、おしっこ(ごみ)が語る病気の話です。