双極性障害が抱える課題とは?
2019年04月10日 06:00
かつて躁うつ病と呼ばれた「双極性障害」。この病気については、病名すら知らない人もまだ多く、知っていても症状や治療に関する正しい知識を持つ人は少ないのが現状だ。こうした中、日本うつ病学会の双極性障害委員会では、患者や家族らの協力を得て、毎年3月30日の世界双極性障害デーに合わせてフォーラムを開催してきた(関連記事1、2、3、4、5)。今年(2019年)のフォーラム終了後に行われた記者会見では、精神疾患患者の復職支援をライフワークとするNTT東日本関東病院精神神経科の秋山剛氏から、「患者自身が病気に対する偏見を持つセルフスティグマ」についての見解が示された。また同委員会委員長の加藤忠史氏からは「双極性障害の病名変更の可能性」についての発言があった。
当事者である歴史学者の特別講演も
5回目を迎えた今年の世界双極性障害デーフォーラム。病気の認知度は高まり、正しい知識を持つ人は増えたのだろうか--。病気の啓発イベントは、往々にして当事者や家族が参加することが主となり、症状への対処法などが内容の中心になりがちだ。しかし、本来の目的が病気の啓発である点に立脚すれば、病気に興味や関心のない一般の人たちをいかに取り込むかが鍵となる。
記者会見の様子。左から加藤氏、與那覇氏、秋山氏
今回、加藤氏は、自身も読んで感銘を受けた『知性は死なない -平成の鬱をこえて-』(文藝春秋、2018年刊)の著者・與那覇潤氏をゲストに招いた。同書が闘病記であると同時に「『平成とはどんな時代だったか』を論じた書物」である点も、改元を目前にした時期のフォーラムにマッチすると考えたという。與那覇氏は歴史学者として大学で教鞭を執っていた折、抑うつ症状を呈し、後に双極性障害と診断された当事者だ。現在は大学を辞め、治療を続けながら自身の体験を踏まえた執筆や講演を行っている。
加藤氏は「病気にかかってよかったという感動的な話は多くありますが、與那覇先生は著書の中で、双極性障害の当事者になってみて、学者としても初めての物の見方を体験し、社会に対する考察が進んだという趣旨のことを書かれています。実際に論考の内容が非常に興味深かったので、そこに関心を持つ人にもフォーラムに参加、双極性障害のことを知ってもらう機会にしたいと思いました」と、同氏に特別講演を依頼した意図を説明した。
セルフスティグマの緩和策を医療者は考えるべき
一方で、現段階では双極性障害に対する差別や偏見はまだなくなっていないというのが、専門医でもある秋山氏や加藤氏の認識だ。秋山氏はさらに、患者自身が持つセルフスティグマについても言及。スティグマ(stigma)とは「(社会的な)烙印、汚名」を意味する。つまり、偏見や差別的な態度を指す。一般社会が精神障害者に対する差別や偏見を持つことを社会的スティグマと呼び、それを精神障害者本人が受け入れて自らの病気に対する差別や偏見を抱くことをセルフスティグマという。
秋山氏は「患者さん自身が『もうダメなんだ』と思い込むセルフスティグマは、世間の偏見よりももっと根本的な影響を及ぼします。一般社会に対する病気の啓発活動とは別に、われわれ医療従事者は臨床現場で、病気と共に生きる患者さんに、どう希望を持ってもらい、どう症状や生活の自律的なコントロールに取り組んでもらえるかについて考えるべきだと思います」と、病気の治療を超えた医療者としての心構えを語った。
病名を「双極症」に変更する理由
セルフスティグマに対する見解は、加藤氏も一致している。そこであらゆるスティグマを解消するため、日本精神神経学会が日本うつ病学会の意見を参考にして、病名の変更を提案しているという。「『双極性障害』という日本語訳を今年(2019年)5月の世界保健機関(WHO)の総会で『双極症』に変えようと動いています。これは、日本精神神経学会が"mental disorder"という病名全体を「障害」から「症」に変更する方針を立てたことによるもの」とした。
双極性障害は英語でbipolar disorderといい、「order(順序、秩序)が乱れる」という意味で『障害』と訳されたが、「disability(身体的、精神的な障害により能力が失われること)」も『障害』と翻訳されているため、disorderになったらdisabilityにもなるという誤解を招きかねないという。
病名が持つ負のイメージについては、長らく差別と偏見にさらされてきた「精神分裂病」が、2002年に「統合失調症」と名称を変え、現在は治療可能な病気という認識が定着してきたといえる。双極性障害についても、「双極症」への病名変更が、病気に対するスティグマ解消の一助となることを期待したい。
(あなたの健康百科編集部)