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人生の締め切りを意識して生きる

 2019年12月17日 06:00

 『もしも一年後、この世にいないとしたら。』―。一瞬にして目を奪われ、すぐに背けたくなるようなタイトルだ。著者は、国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科科長の清水研氏だ。表紙には、柔和な笑みを浮かべた著者近影の脇に、"人生の締切を意識すると明日が変わる"とのコピーが添えられている。31歳でがん患者の心のケアを託され、これまで15年以上にわたり、3,500人を超える患者と対話を重ねてきた同氏が学んだことや本書に込めた思いとは―。

外科医や内科医にはない精神腫瘍科医の役割

 清水氏は、2003年に国立がん研究センター東病院での精神腫瘍科研修医を経て、2006年に同センター中央病院精神腫瘍科での勤務をスタートさせた。これまで対話をしたがん患者の数は3,500人を超える。「気が付いたら、私自身ががん患者さんから学ばせていただくことが多かった。それらは人生の本質的な部分を突いていると思い、がんという病を体験していない人たちにも知ってほしかった」と言う。

 今でこそ、がん医療における精神腫瘍科医の重要性は医療者にも患者にも理解されている。しかし、同氏が内科で研修を受けていたころには、医療者にとってがんは1つの病気にすぎず、発生した部位や検査データばかりに意識が向き、「患者さんの気持ちまで考える余裕はなかった」と振り返る。一方、精神腫瘍科医として駆け出しのころ、余命宣告を受けたようなショック状態の中で紹介受診した患者に対し、どのように接すればよいか分からず戸惑ったという。時には「なぜ自分が精神科にかからなくてはならないのか」などと患者から言われ、「毎回苦しんでいた」と述懐する。

 それが現在では、「患者さんの気持ちをしっかりと考えられるようになり、私に対して弱さをさらけ出すのが怖かったのだと理解できる。今は『そのような中で、よく精神腫瘍科にいらっしゃいました』と声をかけられるようになった」と語る。また、「外科医には外科医の、内科医には内科医の役割があり、自分は精神腫瘍科医として異なる役割がある」と捉えている。その役割とは、本書の言葉を借りれば、人間が持つ悩みと向き合う力(レジリエンス)を患者本人が育めるよう、患者の話に耳を傾け、それを理解する作業を積み重ねることのようだ。

がん患者は最悪のくじを引いたのか

 本書で清水氏は、これまで対話を重ねてきた数々のがん患者とのエピソードを披露している。例えば、27歳で進行性スキルス胃がんが見つかり、「最悪のくじを引いてしまった」と受け止めている男性に対し、「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが」と前置きした上で、次のように質問する。

 「あくまでも仮定の話ですが、くじを引かなかったほうがよいですか」

 そして、問われた意味が理解できない様子の男性に対し、こう補足する。

 「つまり、病気になる人生だったら、生まれてこないほうがよかったですか、ということです」

 同氏によると、がん患者は心理的な意味で2つの課題に取り組むことになるという。1つ目は、健康で平和な毎日が失われたという喪失感と向き合うこと。この男性の場合、若くしてがんと診断されたことが受け入れられず、最初は激しい怒りに支配され、やがて怒りの感情が収まるにつれ深い悲しみに襲われる。こうしたプロセスは心理学用語で「喪の仕事(mourning work)」と呼ばれ、患者は時間をかけてがん発症前に思い描いていた人生に別れを告げる決意をする。

 1つ目の課題である「喪失感と向き合う」作業は完全に終わることはないものの、がん以前の人生に対するある種の諦めの感情が芽生えると、「様変わりした現実をどう過ごしたら、そこに意味を見いだせるのか」という2つ目の課題に取り組み始めるという。男性が「最悪のくじ」と言ったことに対する同氏の問いかけは、まさに2つ目の課題と向き合う対話の中で発せられたものである。その後、男性がどのように過ごしたのかについては、本書で確かめてほしい。

"must"を捨て、"want"に生きる

 清水氏は、文中で"must"と"want"という言葉をしばしば用いている。前者は、親のしつけや社会通念など、いわば外圧によって動機付けられる自分。後者は、本能的に内面から湧き起こる自然な感情によって動機付けられる自分を指す。

 例えば、48歳のある外科医の場合。がん治療の後遺症で手に痺れが残り、外科医としての将来に不安を抱いている。「外科医として仕事ができない自分はからっぽの存在だ、なんの価値もなくなってしまった」と同氏に吐露する。そこで同氏は、外科医にこれまでの仕事ぶりを尋ね、医師になったきっかけを聞く。すると、医師の家系に生まれ、母親から祖父のような「立派な医者になってほしい」とプレッシャーをかけられて育ったことが分かってくる。つまり、"must"による動機付けが外科医としての生き方を支えてきたのだ。

 面談を重ねるうち、外科医は自身が担当した患者の気持ちにようやく気付く。かつては患者に感謝されても外科医として当然の仕事をしただけと思うだけで気に留めなかったが、「あの患者さんは本当に心細かったんだろうな」と、患者の気持ちを考えられるようになる。最後の面談では、「今まで最高の医療を提供しようと思っていたけど、それは立派な外科医である自分を確認することが動機で、実は全く自分本位だった」と内省。外科医だけにこだわらず、なんらかの形で医療を続ける決心をし、「本当の意味で困っている人の役に立ちたい」と、"want"の自分に従って生きる道を選ぶに至るのだった。

 「自分らしい生き方をしている実感のない人や、いつも"must"の自分に縛られて生きづらさを感じているような人は、内なる"want"の声に耳を傾ける作業に取り組むべき」と同氏は訴える。自身も普段の昼食のメニューから、仕事に対する心構えに至るまで、さまざまな場面で"must"と"want"を意識するようになったという。いや応なしに人生の期限を意識せざるをえなくなったがん患者たちが、"want"について考え抜いた末にたどり着いた生き方。それは、がんという病を体験していない人たちにとっても、自分らしく生きるための大きなヒントを与えてくれるのではないだろうか。もしも1年後、この世にいないとしたら―、あなたはどんな生き方をしたいだろうか。

あなたの健康百科編集部

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