「2人の母と1人の父」妊娠例、不妊治療で
ウクライナ、核移植で遺伝子上の親が3人
2016年10月18日 07:10
プッシュ通知を受取る
(c)Getty Images ※画像はイメージです
不妊治療により、3人の親の遺伝子を持つ児が来年(2017年)に誕生するかもしれない。New Scientist誌は10月10日、不妊治療中のウクライナ人女性2人が、3人の親の遺伝子を持つ受精卵を用いた治療法により妊娠に成功したことを報じた。児が出産した場合、不妊治療を目的とした同治療法による児の誕生は世界初。同誌は先月、ミトコンドリア病の女性が遺伝性疾患治療を目的として同治療法を行い、男児を出産したことを報じている。
両親の染色体含む前核をドナー受精卵の前核と置き替え
今回の治療には昨年、英国で遺伝性のミトコンドリア病治療を目的に承認された核移植が用いられた。母親およびドナーの卵子と父親の精子をそれぞれ受精させ、父親と母親双方の染色体を含む前核を母親の受精卵から抽出し、夫の精子を有するドナーの受精卵の前核と置き換えて両親の完全な染色体を持つ胚を作製するもの。
治療を行ったウクライナ・キエフの生殖医療クリニックのディレクターValery Zukin氏によると、体外受精胚の成長が2細胞期(前核)で突然停止することに対して同治療が行われ、それぞれ26週、20週に達した。同国の生殖医療協会の倫理委員会と審査委員会で承認され、ドイツの独立した医療機関で行われたDNA鑑定では、遺伝的に健康であることが示されたという。
同誌は作製胚が健康であるという、より多くのエビデンスが集まるまで同治療を中止すべきだという批判の声を伝えている。
遺伝病治療では既に男児が出生
同誌は先月にも、ミトコンドリア病により2人の子供を亡くし、母親にも同疾患があり流産を繰り返したヨルダン人カップルが米国に本拠を置く医療チームによる同治療をメキシコで受け、4月に男児を出産していたことを報じている。このケースでは、母親の卵子の核を自身の核が取り除かれたドナーの卵子に移植し、母親の核DNAおよびドナーのミトコンドリアDNAを持つ卵子と父親の精子を受精させた。ミトコンドリアDNAは母親から受け継がれるため、病気の原因となるミトコンドリアDNAを回避する目的で、第三者の女性のミトコンドリアを用いた。治療を行った米・New Hope Fertility CenterのJohn Zhang氏は、メキシコには法的規制がないため同国で行ったと述べた。同誌の報告では、最終的にデザイナーズベイビーの誕生につながることに対する懸念の声を併せて伝えていた。
10月10日付の同誌は「この治療法を受け入れるように不妊治療業界から多くの圧力がかかっており、不妊治療市場はミトコンドリア病患者のグループよりもはるかに大きい」という識者の声を紹介し、同治療法を不妊治療で用いることに対して倫理的な問題が起こりうると指摘している。
HORACグランフロントクリニック大阪院長 森本義晴
ミトコンドリアは600万年前に私たちの細胞の中に寄生したリケッチア程度の大きさの微生物であるが、現在身体のあらゆる細胞の中にあってエネルギー産生という重大な役割を担っている。そのミトコンドリアのDNAに変異があったり、膜機能が障害されると極めて大きな障害をもたらす。これをミトコンドリア病といい、幼少時から脳神経などに障害をもたらし、重篤な場合には早期に死亡する。ミトコンドリアは母系遺伝するので、卵子の段階で変異ミトコンドリアを極力減らそうというアイデアが核移植である。
本治療法は、英・ニューキャッスルのグループに対して認可が下り、英国の上下院で承認されたことは画期的であり、ミトコンドリア病の素因を持つ人々にとっては福音であるといえる。これを承認した英国の人々の勇気に拍手を送りたい。しかし、以下の2点の問題についてはなお議論が尽くされているとはいえない。1つ目は、第三者の卵母細胞の細胞質を用いることから児は3種類の遺伝情報を持つことになり、ここに倫理的問題が生じる。2つ目は、核移植時に付着して新しい卵子に導入される微量の病的ミトコンドリアが確実に淘汰されるかどうかという点である。今後、これらについて慎重に検討される必要があるだろう。
(林 みどり)