なぜ、医師や薬剤師と住民との協働が可能なのか

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感染症ビジョナリーズ 感染症ビジョナリーズ

  前回の"上田ではなぜ?"では、上田薬剤師会がいかに患者=住民との信頼関係を築いてきたかを概観した→関連記事。住民のヘルスリテラシー向上まで射程にいれた活動には瞠目させられるが、薬剤師として住民の間に存在感を示すと地域の問題に直面せざるを得ない。そして、地域には高齢化、独居世帯や老老世帯の増加による家庭の介護力低下という深刻な問題があった。

 そこで打ち出されたのが地域との協働である。今回は、上田市新田地区で医師、薬剤師、自治会と地域住民が連携して「安心して老いを迎えられるまちづくり」を目指す認定NPO法人"新田(しんでん)の風(かぜ)"の活動を紹介する。

 地域包括ケアシステムは、高齢者や慢性疾患患者でも、病院に長期入院するのではなく、住み慣れた自宅で療養を続け、自分らしく暮らすことを目標としている。この「住み慣れた自宅で療養を続ける」ことが難しい現状について、上田ではNPOを設立、地域住民が互いに介護の一端を担い合えるまちづくりを進めている。NPO設立のきっかけを作った飯島康典氏に聞いた。

医師と薬剤師が新田自治会で出会う

 始まりは2010年、飯島氏がたまたま上田市新田地区自治会の役員となり、そこで内科医の井益雄(い・ますお)氏と再会したことだ。

 新田は上田市中心部にある約1,700世帯、4,000人の地区だが、他の多くの地域と同様、高齢化や人口減少に伴う問題が深刻化していた。高齢化率は27.3%、独居の高齢者世帯が3割を超え、自治会活動に支障を来すだけでなく、老老介護や介護疲れによる虐待、孤独死などもリアルな問題となっていた。

 井氏は、佐久総合病院であの若月俊一氏の薫陶を受け、佐久地域で24時間365日の在宅医療体制を確立させた医師である。上田で開院してからも高齢者医療に尽力してきたが、共働き世帯や老老世帯、独居高齢者の増加で家庭の介護力が著しく低下していること、家で最後を迎えたい多くの人が、要介護になったため自宅に帰れないこと、だが医療や福祉では家庭の肩代わりはできないことを痛感していたという。

 一方、飯島氏は1992年から在宅活動を行っていたが、薬剤師が患者宅を毎回、訪問するような重装備の在宅活動モデルには疑問を持っていた。多くの独居高齢者や認知症患者に必要なのは、もっとベーシックな地域での手助けや見守りだと感じていた飯島氏は、井氏の問題意識に共感。自治会による「安心して老いが迎えられるまちづくり」を、薬剤師会として全面的に支援したいと考えた。

若月俊一(1910-2006)
東京帝国大学医学部卒。1945年に赴任した佐久病院(長野県)を基盤に半世紀以上、農村医療、地域医療に奔走した。"農民とともに"を旗印に予防医学を重視し、在宅医療に着目した姿勢は今も評価が高い。著書『村で病気とたたかう』、南木佳士『信州に上医あり―若月俊一と佐久病院』は有名。

みんな自宅で介護を受け、自宅で看取られたい!

 こうして生まれた"上田地域ケアを考える診療所・地域自治会・薬局連携チーム"(以下、連携チーム)が、2011年に最初に行ったのは自治会員の意識調査だ。厚生労働省の予算を得て、全戸の成人2,500人にアンケートを実施。地区の組長がわざわざ各戸を訪れて説明と依頼を行ったため、何と8割の回答が得られた。

 結果としては、「あなた自身が身の回りのことをできなくなったら?」に対し、「自宅に住み続けたい」と「施設に入りたい」がほぼ同数だった。一方「あなたの家族が身の回りのことをできなくなったら?」には、「自宅」が半数、「施設」が4割だった。また、「最後はどこで迎えたいか?」は、「自宅」が圧倒的だった。「理想の看取りとは?」に関しては、「延命は不要」、「苦しまず家族に迷惑をかけず自然に逝きたい」「家族に見守られて逝きたい」「自宅でピンピンころりと逝きたい」が大半を占めたという。自由記載回答を勘案すると、家族に迷惑をかけたくないので施設を選ぶ人が少なくないが、本心は自宅で介護を受け、穏やかに死んでいくことを望む人が多いことがうかがわれた。

 さらに、「新田地区でこのような取り組みを行うことについて」は「大変よい」が8割。「"安心して老いを迎えられるまちづくり"」には、「大いに協力したい」「可能なら協力したい」の合計が94%と極めて高い比率となった。住民の求めることが明確に示されたのだ。

NPO法人、"新田の風"を立ち上げる!

 地域のニーズを把握した連携チームは、2012年には講演会・ワークショップなどを重ね、活動の参加者、支援者を幅広く募った。高齢者問題に限定せず、子育て世代なども巻き込んだ"まちづくり"のディスカッションを行い、活動の方向性を明確にしていく(表1)。チームには人集めの達人がおり、講演会などを開くと毎回、100人近い参加者を集めたという。

 この時期、特に重視されたのは、さまざまな理由から受診をためらい、どうにもならなくなってから救急搬送される事例への対策である。独居高齢者世帯や老老世帯のリストを作成し、チェック項目を整備、自治会や薬局から、かかりつけ医に情報が流れるようにした(表2)。また、薬局に相談用紙を置き、体調の悪い人はドクターに、生活面での不安を有する人は福祉の専門家に話をつないだ。ここでは、薬剤師会の高い組織力とネットワークが有効に機能したという。

 自治体の活動として提案され、厚労省の時限的予算で行われたこの事業の継続性を図るため、自立した組織が必要なことは当初から認識されていた。こうして生まれたのが、NPO法人"新田の風"である。

 また、高齢者を地域で支えるためには拠点づくりが必要であり、歩いていける範囲にあれば理想的だと考えられた。これが、後述の小規模多機能居宅介護施設"新田の家"の誘致に結びついていく。

表1.「住民主体で安心して老いを迎えられるまちづくり」(Better Care 2015秋号p.44)

1)元気なうちは社会参加交流。つまり、仲間づくり

2)要介護者になれば、その人を在宅で支える。つまり、支援の輪をつくること

3)やがて世話になる。つまり、必要に応じて順番に支援される

4)施設の自宅化。つまり、施設に入っても自宅の雰囲気を(小規模多機能施設)

5)自宅の施設化。つまり、在宅を支えるチーム訪問。

表2.独居高齢者世帯や老老世帯の登録・相談用紙

登録台帳
        薬局NO.
登録日:H  年  月  日
氏名:             様
性別(男性・女性)
生年月日:M・T・S    年   月   日生
住所:      
電話:   ―    
携帯:      
かかりつけ医      
かかりつけ薬局      
ケアマネージャー      
相談内容・気になる問題点(□健康不安□生活不安□その他          
転機
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